2011年8月9日火曜日

失業者の犯罪

 6月28日の記事において,失業者の犯罪率は,一般人よりも高いことを知りました。当然といえば当然ですが,失業者の犯罪率は,過去からどう推移してきたのでしょうか。

 現在,孤族化の進行により,頼れる親族を持たない,一人ぼっちの人間が増えているといわれます。昔は,失業しても,親族間の相互扶助のネットワークにより,何とか急場をしのげたのでしょうが,今日では,そのようなことを望み得ない人も少なくないことでしょう。それだけに,「失業=即生活崩壊」という図式が強まり,失業者の犯罪率も上がってきているものと思われます。

 2009年の警察庁『犯罪統計書』によると,この年の刑法犯検挙人員のうち,犯行時の職業が「失業者」というカテゴリーの者は9,352人です。この年の完全失業者の数は約336万人です(総務省『労働力調査」)。よって,2009年の失業者の犯罪者出現率は,およそ2.8‰となります。千人あたり2.8人という意味です。6月28日の記事でみたように,この犯罪率は,人口全体のそれよりも若干高い水準にあります。

 失業者の犯罪率は,1973年から算出可能です。この年からの推移をとってみました。図には,失業者の量的規模を表す完全失業率のカーブも添えています。完全失業率とは,完全失業者数を労働力人口で除した値です。


 失業率は1990年代以降,上がってきています。その後減少しますが,2008年のリーマンショックの影響で,最近再上昇しています。では,失業者の犯罪率はというと,予想に反して,大局的には減少の傾向です。2009年の値(2.8‰)は,1973年の値(7.2‰)の半分以下です。

 これをどう解釈したものでしょうか。相対的剥奪感(relative deprivation)という概念があります。「自らが虐げられている(剥奪されている)」と人が感じる度合いは,周囲の状況に依存するというものです。たとえば,クーラーが家にない人が抱く「剥奪感」は,昔はそれほど大きくなかったことでしょう。クーラーがないという状況が当たり前だったのですから。しかし今日では,クーラーがないことは,生活保護世帯以下の生活水準であることを意味します。

 この伝でいうと,上記のデータも読めないことはありません。1973年では,失業者の実数は68万人で,働く意欲のある労働力人口に占める比率はわずか1.3%でした。言葉が悪いですが,現在と比べれば「選りすぐり」の人たちでした。周囲のほとんどの人間が就労している状況下では,職にありつけない人間が抱くところの「剥奪感」は相当大きかったのではないでしょうか。

 ところが,2009年現在では,失業者の数は336万人にまで膨れ上がり,労働力人口に占める比率も5.1%まで上がっています。またまた言葉がよくないですが,「同士」が増えたわけです。よって,個々の失業者が抱く「剥奪感」は,1973年当時に比べれば減じてきていると思われます。失業者の犯罪率の減少傾向は,このような見方から解釈できないこともありません。

 ですが,失業者の状況がやはり悪化してきていることを示唆する統計があります。浮浪者の犯罪者数の増加です。完全失業率のカーブと,気持ち悪いくらい似通っています(下図)。浮浪者については,ベースの規模が分からないので,犯罪率を出すことができません。よって,刑法犯検挙人員の実数の推移をとっています。


 冒頭で述べたような「孤族化」の進行により,失業者は即,住居のような生活基盤を喪失し,浮浪者に転落する,ということでしょうか。住み込みの派遣労働者は,契約期間終了と同時に,寮からの退去を求められるといいますが,頼れる親族がいない場合,行くアテはありません。結果,直ちに路上生活となり,生活困窮から窃盗などの犯罪に手を染める,という成り行きも多いことと思います。

 こうみると,失業者の犯罪率の減少は,浮浪者の犯罪者の増加によって代替されているのかもしれません。

 失業率と浮浪者の犯罪者数のパラレルな傾向は,「失業=即生活崩壊(ホームレス化)」という図式が強まっていると読むこともできます。孤族化の進んだ現代日本社会の病理が,ここに表現されています。