2012年2月25日土曜日

大学における数学教育

すみません。タイムリーな話題を挟ませてください。昨日の朝日新聞に,「大学生の4人に1人,『平均』の意味誤解,数学力調査」と題する記事が載っていました。全国の48大学の1年生に対し,以下の文章の正誤判定を課したところ,全問正解の者は76%にとどまったとのことです。
http://www.asahi.com/national/update/0224/TKY201202240450.html

 100人の平均身長が163.5センチの場合・・・
 ①:163.5センチより高い人と低い人はそれぞれ50人ずついる
 ②:全員の身長を足すと1万6350センチになる
 ③:10センチごとに区分けすると160センチ以上170センチ未満の人が最も多い

 正答は,①が×,②が○,③が×です。平均が同じであっても,データの分布の型は多様である,ということを分かっていない学生さんがいたのだろうと思います。以前,宮崎県の位置を知らない大学生の存在が話題になりましたが,大学生の地理認識のみならず,彼らの数学力もやや怪しいものになりつつあるようです。

 昨年の1月9日の記事でも書きましたが,私は統計学の授業で,百分率(%)の概念を知らないという学生さんに出会い,いささか驚嘆したことがあります。指定校推薦で入ったので,数学はまるっきりやらなかったとのことですが,そもそも数学は大キライで,中学の頃から完全に捨てていたのだそうです。

 その理由を問うと,数学なんて何の役に立つのかさっぱり分からない,必要性を感じられない,ということでした。「数学なんて,生徒を苦しめるためにあるようなもんじゃないすか!」と,ややムキになってまくしたてられたのを覚えています。私の口調が嫌味がかっていたためかもしれませんが。

 うーん,数学なんて,実生活と何の関係もない,ただの机上のお遊びと思われても仕方ないかもしれません。しかし数学は,実生活上の必要から生まれ出てきた学問です。高校で習う三角比などは,古代において,土地の測量の必要から考案されたものです。

 中学や高校の数学の教科書は,単元の内容を,実生活上の諸問題と結びつけて理解してもらおう,という意図をもって記述されています。京極一樹さんの『ちょっとわかればこんなに役に立つ 中学・高校の数学のほんとうの使い道』は,こういう意図をもっと前面に出した著作であり,かなり売れているようです。私も買いました。
http://www.j-n.co.jp/books/?goods_code=978-4-408-45322-4

 先の学生さんには,このようなことをお話し,数学に対する考え方を少しでもよいから変えてほしい,とお願いしました。それとあと一つ,数学の効用として,次のことをいいました。論理的な思考力を鍛える,ということです。

 数学では,論理を追って問題を解決します。数学の問題を解く過程は,論理を積み上げる過程とイコールです。論理の展開過程を逐一紙に記録し,答えへと迫っていきます。数学の試験では,答えだけでなく,途中式もきちんと書きなさい,と指導されますが,それは,こういう知的なプロセスを重視するためです。

 日常会話では,こうした厳密なプロセスを経ませんので,知らないうちに,論理の飛躍や破綻がしばしば起こります。しかるに,感情任せの生活をしているだけの人と,数学のような知的訓練に多少なりとも親しんでいる人では,その頻度が異なるものと思われます。裁判官や弁護士のような法曹には,数学の素養が必須といいますが,それは故なきことではありますまい。私が高校の頃使った数学Ⅰの教科書のまえがきに,「若い頃に数学を学んでおくことは,決して無駄にはならない」と書いてありました。まったくもって,その通りだと思います。

 さて,「学士力」の育成を掲げる,現代日本の大学教育において,数学はどのような位置にあるのでしょう。英語や情報系の科目は,ほとんどの大学が必修としているのでしょうが,数学はどうなのかしらん。読売新聞社は,2011年に全国の大学を対象に行った調査の中で,数学の必修化の状況について尋ねています。

 この設問に対し,回答を寄せた619大学の回答分布をみると,「全学部で実施」が10.5%,「半数以上の学部で実施」が9.4%,「半数未満の学部で実施」が12.0%,「実施せず」が68.2%,です。*『大学の実力2012』(中央公論社,2011年)の巻末資料より集計。

 どの学部でも数学を必修としていない大学が約7割。大学生の約3割は理系,約3割は社会科学系であることを思うと,やや寂しい感じがします。大学の設置者別(国公私)の回答分布は,下図のようです。


 国立大学では,数学の必修化が比較的進んでいます。いずれかの学部で必修としている大学が6割を超えます。しかし,公立や私立では,その比重がぐんと減ります。国立の場合,理系の学部が比較的多いことによると思いますが,それにしても,国立大と公私大の間に大きな溝があります。

 次に,大学の偏差値によって回答の分布がどう違うかをみてみましょう。数学の必修化の実施状況が分かる465の私立大学のうち,454大学について,入試偏差値を知ることができました。ソースは,学研教育出版『2012年度用・大学受験案内』です。全学部の偏差値を平均した値をもって,当該大学の偏差値としました。

 下図は,偏差値に基づいて区分した5グループごとの回答分布を図示したものです。BFとは偏差値が35に満たない大学のことです。俗にいう,ボーダーフリー大学です。


 どの学部でも必修化していないという回答(紫色)の比重は,入試偏差値ときれいに相関しています。理系学部の比重の違いという要因で説明できるものではありますまい。偏差値の低い大学では,すっかり数学に嫌気がさした学生さんが多いと思いますが,それだからこそ,敢えて数学を課す,という選択肢もあり得るのではないでしょうか。内容のレベルを落としても,です。

 私は,数学や調査系の科目以外でも,統計処理の作業課題を随時出しています。教育社会学の講義で少年非行について話す時は,非行少年の年齢層別の出現率などを,学生さんに電卓で計算してもらいます。数学でないのになんで・・・と怪訝な顔をする人もいますが,やり方を丹念に説明すると,彼らの目の色も変わってきます。数字という論理の道具を使って,身近な社会現象を観察することの重要性を分かってくれる学生さんもいます。

 冒頭の朝日新聞の記事によると,平均の概念を理解していない大学生が4分の1ほどいるとのことでした。上記のデータをみると,さもありなんという感じです。今後,状況はもっと怪しいものなってくるかもしれません。

 数学力は,論理的なコミュニケーション力の礎となり得るものです。その意味で,英語力や情報処理能力などと並んで,学士力を構成する重要な要素であると存じます。このような認識が幾分なりとも広がってくれることを,個人的に願っています。