2012年3月12日月曜日

少年犯罪の国際比較

少年犯罪の国際比較ができる統計はないものかと,前から思っていました。法務省の『犯罪白書』では,主要先進国(英,独,仏,米)のデータしか紹介されていませんが,比較の対象をもっと広げてみたいものです。

 そのためには,国際機関の原統計に自分で当たってみるしかなさそうです。いろいろと探査した結果,国連薬物犯罪事務所(UNODC)という機関が,世界各国の犯罪検挙人員の統計を作成していることが分かりました。

 下記サイトに,"Persons brought into formal contact with the police"というリンクがあります。和訳すると,警察に検挙された人員数です。これをクリックすると,各国の検挙人員のデータをまとめたエクセルの統計表が出てきます。各国とも,ここ数年のデータが掲載されていますが,2005年の検挙人員数を使います。後述のように,犯罪率計算のベースとして使う10代人口が2005年のものだからです。
http://www.unodc.org/unodc/en/data-and-analysis/statistics/crime.html

 上記の資料から,73か国について,2005年の少年(Juveniles)の検挙人員数を知ることができます。少年の年齢的な定義は国によって異なりますが,10代の中の年齢であることは間違いないと思われます(日本は,14~19歳)。これを各国の10代人口で除して,少年の犯罪者の出現率を計算することとしました。ベースとして使った10代人口は,国連による2005年の人口推計結果のものです。
http://esa.un.org/unpd/wpp/unpp/panel_indicators.htm

 これらの国際統計を使って,73か国の少年の犯罪者出現率(以下,犯罪率)を明らかにしました。なお,成人(Adults)の犯罪率と比べてどうかという,相対水準も勘案するため,成人の犯罪率も出しました。成人の検挙人員数を20歳以上人口で除したものです。分子,分母とも,資料は少年と同じです。

 では,手始めに,日本を含む主要5か国(日,米,独,仏,露)の犯罪率を比較してみましょう。イギリスは2005年の犯罪率が計算できなかったので,今回は比較の対象としていません。


 日本の少年の犯罪率(9.9‰)はロシアよりは高いのですが,他の3か国よりは低くなっています。表中の欧米3か国は,いずれも2ケタです。アメリカの率が高いですねえ。この国では,2005年の少年の検挙人員数(延べ数)が,10代人口全体の5.1%(20人に1人)に相当します。外向的なお国柄が出ているような気がします。

 しかし,日本でズバ抜けて高い数字があります。少年の犯罪率が成人の何倍かという倍率です。日本では,少年の犯罪率は成人の3.8倍です。これは,成人の犯罪率が際立って低いためです。日本の成人の犯罪率(2.6‰)は,ロシアをもはるかに下回ります。

 日本の少年の犯罪率は,絶対水準は低いものの,成人と比べた相対水準は際立って高いようです。このことは日本の特徴であると,強く言ってよいでしょうか。比較の対象をもっと広げてみましょう。

 下図は,縦軸に少年の犯罪率,横軸に少年の犯罪率が成人の何倍かを示す倍率をとった座標上に,世界の73か国をプロットしたものです。各国の少年の犯罪率を,絶対水準と相対水準(対成人)の2軸において吟味できる仕掛けになっています。点線は,73か国の平均値です。


 73か国の中でみても,日本は特異な位置にあります。少年の犯罪率は全体平均よりもちょっと高い程度ですが,成人の犯罪率に対する相対倍率が群を抜いて高いのです。

 多くの国において,少年よりも成人の犯罪率が高くなっています。少年が成人を上回るのは,73か国中12か国です。しかるに,少年の犯罪率が成人の倍以上,それも4倍近くにも及ぶというのは,まぎれもなく日本だけです。少年と成人の犯罪率の差が大きいことは,わが国の特徴であることが知られます。

 繰り返しますが,日本の少年の犯罪率は高くはありません。にもかかわらず,メディア等で「少年が悪い,悪い」といわれるのは,大人と比べた場合の犯罪率の高さが問題視されているためと思われます。大人は文字通り「大人」しいのに,少年がワルをしでかす,けしからん,という論法でしょう。

 しかるに,そういう見方をとらない論者がいます。私の恩師の松本良夫先生です。松本先生は,1999年に,「わが国の犯罪事情の特異性」という論文を公表されています(『犯罪社会学研究』第24号)。そこでは,少年の犯罪率が高いことではなく,成人の犯罪率が異常に低いことに関心が向けられています。
http://ci.nii.ac.jp/naid/110002779936

 少年と成人が同じ社会状況のもとで暮らしているのに,両者の犯罪率が大きく異なるのはどういうことか。わが国では,子どもと大人が社会生活を共有しているのか。子どもと大人の間に断絶ができているのではないか。大人が自分たちのことは棚上げして,子どもばかりを厳しく取り締まっているから,少年犯罪の異常多,成人犯罪の異常少という,国際的にみても特異な構造ができ上がっているのではないか。このような問題が提起されます。松本先生の言葉を借りると,少年の「犯罪化」,成人の「非犯罪化」の進行です。

 犯罪の原因は,逸脱主体に関わるものだけに限られません。ワルを取り締まり,それに「犯罪」というラベルを貼る統制機関の有様も,犯罪の量に影響します。私服警備員を多く配置するほど,万引き犯が多く捕まるというのが好例です。

 この伝でいうと,大人の世界では,慣れ合いや癒着などの形で不正が隠ぺいされているのに対し,少年については,些細なワルも厳しく取り締まられている,というような事態が想起されます。「子どもがおかしい」,「道徳教育の強化を!」という道徳企業家たちの声も,それを後押ししていると考えられます。

 わが国は,このような「病理的」な状態になっているのではないかという,懸念が持たれます。松本先生は,別の論稿において,「わが国の社会病理は,少年犯罪『多』国の病理というよりも,成人犯罪『少』国の病理といえる」と指摘されています(「少年犯罪ばかりがなぜ目立つ」『望星』2001年4月号,36頁)。なるほどと思います。

 戦後にかけて,こういう事態が進行してきたことは,少年(14~19歳)と成人の犯罪率の推移をたどってみると分かります。警察庁『平成22年中における少年の補導及び保護の概況』という資料の110頁にそれが載っているので,グラフをつくってみました。*ここでの少年の犯罪率は,14~19歳人口をベースに出したものなので,先ほどの国際統計の日本の値より高くなっていることに留意ください。
http://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/hodouhogo_gaiyou_H22.pdf


 戦後初期の頃は,少年と成人の犯罪率に大きな差はなかったのですが,1950年代の後半あたりから,両者の差が開いてきます。1997年には,少年の犯罪率は成人の10倍を超えました。最近は,少年の犯罪率減少,成人の犯罪率微増によって,差が縮まっています。しかし,それでも,少年と成人の乖離の度合いが,国際的にみれば格段に大きいことは,上記の国際統計でみた通りです。

 人口構成の変化により,子どもが減り,大人が増えています。よって,子どもに対する社会的な眼差しの量が増えていると考えられます。このことも,先ほど述べたような事態の進行に寄与しているのではないか,と思われます。

 わが国では,共に支え合い,共存すべき子どもと大人の間に,大きな断絶ができているのではないでしょうか。子どもと大人が互いにいがみ合うような事態になっている,といえるかもしれません。

 2010年7月に策定された,子ども・若者育成支援推進大綱(子ども・若者ビジョン)は,基本理念の一つとして,「子ども・若者は,大人と共に生きるパートナー」というものを掲げています。以前,何かの記事で書いたような気がしますが,ぜひとも,この理念を具現していただきたいと思います。

 おかしいように聞こえるでしょうが,この理念の実現の度合いは,少年と成人の犯罪率の差という尺度で計測できるかもしれません。