2012年5月7日月曜日

大学教員社会のジニ係数

昨年の7月4日の記事では,大学教員の職名別(教授,准教授,講師,助教,非常勤講師)の月収データを使って,大学教員社会のジニ係数を試算してみました。データ・ソースは,2007年の文科省『学校教員統計調査』です。

 ところで,本資料の統計表をよくみると,何と何と,大学教員の月収分布(5万円刻み)が掲載されいるではありませんか。これを使えば,大学教員社会のジニ係数を,より精緻な形で算出することができます。文科省の『学校教員統計』は,本当に「宝の山」です。

 2010年の同資料によると,同年10月1日時点の大学の本務教員数は172,728人です。下記サイトの表188から,この17万2千人の教員の月収額分布(5万円刻み)を知ることができます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001038417&cycode=0

 しかるに大学教育は,大学に正規に属する本務教員(専任教員)だけによって担われているのではありません。授業をするためだけに雇われている兼務教員(非常勤教員)も,かなりの部分を担当しています。人件費削減のため,非常勤教員の比重が増してきていることは,4月2日の記事でみた通りです。

 大学教員社会内部の給与格差を問題にする際は,専任教員のみならず非常勤教員も考慮に入れる必要があります。

 なお非常勤教員には,作家や研究所勤務など,大学以外に本務先がある「定職あり非常勤教員」と,そのような本務先がなく,大学の非常勤をメインに生計を立てている「定職なし非常勤教員」がいます。ここでは,「定職あり非常勤」は考慮しないこととします。数が少ないこともありますが,彼らは本務の片手間に非常勤をやっている人間であり,自らのアイデンティティの拠り所を大学に置いている者はいないと考えられるからです。

 しかるに,定職がない非常勤教員は違います。本職がない彼らは,観念の上では,非常勤先の大学を自らの職場と思っています。対外的には,「**大学非常勤講師」を名乗ります(名乗らざるを得ません)。非常勤の給与だけでやっている彼らは,大学内部の格差の問題にはとてもセンシティヴです。

 職なし非常勤教員の数は,82,844人なり(2010年)。専任と非常勤を合わせた広義の大学教員数の4分の1を占めます。決して無視できる存在ではありません。彼らをオミットして,専任教員のみの給与分布からジニ係数を出しても,何のリアリティもない数字が出てくるだけでしょう。

 ここでは,大学教員をして,専任教員と職なし非常勤教員の合算値と考えることにします。2010年における,この意味での大学教員は255,572人です。21年前の1989年は136,499人。両年次の大学教員の月収分布をみてみましょう。職なし非常勤教員は,最も低い階級(15万円未満)に含めました。Why?と思われる方は,下記のサイトでもご覧あれ。
http://www.j-cast.com/2009/05/06040504.html


 両年とも,月収15万円以下の者が最多ですが,2010年では全体の33.4%がこの階級に含まれます。そのほとんどが職なし非常勤教員であることは言うまでもありません。1990年代以降の大学院重点化政策の影響がまざまざと表れています。

 またこの20年間において,高収入層のシェアが高まっいることも注目されます。月収50万以上の層の比率は,1989年では15.8%でしたが,2010年では25.2%となっています。

 現在では,大学教員の3人に1人が月収15万未満の貧困層である一方,4人に1人が50万以上の富裕層です。一昔前に比べて,上下への分極化傾向が進んでいることが知られます。換言すると,収入格差の拡大傾向です。

 それでは,上図の月収分布のデータから,ジニ係数を出してみましょう。度数分布からジニ係数を出す場合,人数と富量の累積相対度数を出すのでしたよね。下表は,2010年の計算過程の数字です。


 それぞれの階級に含まれる者の月収は,一律に真ん中の階級値であるとみなします。たとえば20万円台前半の3,918人は,月収22.5万円と考えるわけです。

 富量は,人数に階級値を乗じた値です。それぞれの階級の教員に配分された富(income)の量に相当します。全階級の富量を合計すると,891億4千万円なり。2010年では,1か月あたりおよそ891億円の富が大学教員にもたらされたことになります。

 さて問題は,この莫大な富が各階級の教員にどう配分されているかです。中央の相対度数の欄をみると,悲しいかな,その配分構造にはかなりの偏りがあることが知られます。15万円未満の層は,人数の上では全体の33%を占めますが,受け取った富の量は全体の12%にすぎません。一方,全体の25%しか占めない50万以上の層が,富全体の43%をもせしめています。

 こうした偏りは,右欄の累積相対度数をみるともっとわかりやすいでしょう。教員の55%は月収40万未満ですが,彼らに配分された富は,全体の32%ほどです。逆にいえば,残りの68%の富は,それよりも上の階級に占有されていることになります。

 ジニ係数とは,上表でいう「人数」と「富量」の分布がどれほどズレているかに注目するものです。横軸に人数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に各階級をプロットし,それらを結んだ曲線を描きます。この曲線がローレンツ曲線です。

 1989年と2010年のローレンツ曲線を描いてみました。なお,大学全体(国公私立大学)とは別に,私立大学のみの曲線も描きました。私立大学の教員数(=専任教員+職なし非常勤教員)は,1989年が74,029人,2010年が167,972人であることを申し添えます。


 大学全体でみても私立大学だけでみても,ローレンツ曲線の底が深くなってきています。このことは,大学教員社会における収入格差が拡大していることを意味します。全体と私立を比べると,曲線の底が深いのは後者であるようです。私立のほうが,職なし非常勤教員への依存度が高いためでしょう。

 さて,求めるジニ係数は,対角線と曲線で囲まれた面積を2倍した値です。図の色つき部分の面積を2倍することになります。詳細な計算の仕方は,昨年の7月11日の記事をご覧ください。

 算出されたジニ係数の値を示します。大学全体では,1989年は0.231,2010年は0.302です。私立大学は,1989年が0.263,2010年が0.343です。この20年間で,格差が拡大していることが明らかです。

 以前に比してジニ係数がアップしていることは分かりましたが,2010年の0.302~0.343という値の絶対水準をどう評価したものでしょう。一般に,ジニ係数0.4以上が,社会が不安定化する恐れのある危険水域といわれます。現時点ではこの水準にまで達していませんが,今後どうなることやら。

 ところで,今出したジニ係数は,現実のものよりも低いものとみなければなりません。計算に使ったデータが,諸手当を含まない月収のものであるからです。専任教員にはあって非常勤教員にはないもの,それはボーナスなどの諸手当です。

 他にも問題はいろいろありますが,ひとまずこの点を補正し,より現実に近い値を試算してみましょう。やり方は簡単です。月収15万円以上の各階級の階級値を1.25倍します。月収20万円台前半の階級の教員は,22.5×1.25 ≒ 28.1万円の月収とみなすわけです。月収15万円未満の階級は,ほとんどが職なし非常勤教員ですので,据え置きとします。

 このような操作をした上でジニ係数を再計算してみました。大学全体の結果は1989年が0.242,2010年が0.326です。私立大学は,1989年が0.278,2010年が0.374です。

 私立大学の現在値は,危険水準の0.4にぐっと近くなります。補正倍率1.25を1.50として計算すると,2010年の私立大学のジニ係数は0.396となります。こちらは,暴動が起きかねない危険状態の一歩手前です。

 ①月収据え置き(素計算),②専任教員の月収1.25倍,③専任教員の月収1.50倍,という3バージョンのジニ係数を出してみました。その結果を表に整理しておきます。


 どの計算結果を支持するかは,各人にお任せします。③のモデルは非現実的といわれるかもしれませんが,専任教員に支給されるボーナスって,何か月分くらいが相場なんだろう・・・。研究費や各種の保険なども考えれば,実際の年収額は,(月収×12)の1.5倍になることもあり得るんじゃないかしらん。そうだとしたら,私立大学のジニ係数の現在値は0.396。恐ろしや。

 2008年6月8日,東京の秋葉原電気街にて,25歳の派遣労働者による無差別殺傷事件が起こりました。今度このような惨劇が起きるのは,もしかすると大学のキャンパスの中かもしれません。