2012年6月30日土曜日

小中高の時間講師依存率

 一口に教員といっても,さまざまな職種があるのですが,その中に「講師」というものがあります。法律の言葉でいうと,「教諭又は助教諭に準ずる職務に従事する」者です(学校教育法第37条第16項)。

 この講師は,常勤講師と非常勤講師の2種類に分かれます。前者は,産休・育休代替教員として臨時的に任用される教員のことで,正規の教員と同じ勤務形態をとります。後者は,特定の授業のみを担当する,いわゆる時間講師です。

 最近の学校現場では,後者の時間講師の比重が増えていることと思います。「非常勤講師&募集」という言葉でググると,特定教科を担当する時間講師を募る私立学校のサイトがわんさと出てきます。

 公立学校にしても,各自治体の教育委員会は常時,ホームページ上で時間講師の登録を募っています。教員採用試験の浪人組が喜んで飛びつくことでしょう。

 人件費の抑制や病欠教員等の代替という事情もあるでしょうが,この手の時間講師が多くなることには,問題も伴います。6月14日の記事でも書きましたが,細切れの時間給で働く時間講師には,研修を強制できません。そのため,授業が自己流に陥りやすくなります。

 また,自他ともに認める「バイト先生」であり,勤務校への愛着も強くはならないことでしょう。雇う側も,彼らを仲間とはみなさないこともあります。私の学部時代の知り合いで,採用試験に受かるまで4年ほど公立中学校で時間講師をやったという人がいるのですが,ある学校の校長から「バイトさん」などと呼ばれ,相当凹んだとのこと。

 時間講師への依存度が高くなることは,現在の学校に求められる「チーム・プレー」が発動するのを妨げる条件にもなり得ます。私は,こうした関心から,現在の小・中・高の教員に占める時間講師の比率を計算してみました。

 2011年度版の文科省『学校基本調査』によると,同年5月1日時点の公立小学校の本務教員は413,024人,兼務教員は27,683人です。よって広義の教員数は,両者を足して440,707人となります。このうちの時間講師は,兼務教員の中の「講師」であると考えられます。本務教員中の講師は,フルタイムで働く産休・育休代替講師等であり,それとは区別されます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001011528

 さて,この年の公立小学校の時間講師は18,353人なり。よって,公立小学校の時間講師依存率は4.2%と算出されます。およそ24人に1人。

 では,他の学校種についても同じ値を出してみましょう。公立と私立に分けて,依存率を計算しました。2011年5月1日時点の統計です。


 小学校よりも中学校,中学校よりも高校というように,上級学校ほど,時間講師依存率が高くなっています。しかるに,こうした学校種間の差よりも,公私間の差が際立っています。私立学校の時間講師依存率は高く,私立高校では,学校に出入りする教員の3人に1人が時間講師です。

 生徒減少のため,人件費の抑制を迫られているためと思われます。なお,どの学校種の依存率も,10年前の2001年よりも高まっています。公立小学校でいうと,2.1%から4.2%と倍になっています。教員の「バイト化」の進行が知られます。

 ちなみに,時間講師依存率は地域によっても異なることでしょう。上記の文科省資料から,公立学校の時間講師依存率を県別に出すことができます。人数的に最も多い公立小学校の数値を県別に計算し,地図上で塗り分けてみました。


  最も高いのは,香川で10.3%です。この県では,公立小学校教員(広義)の10人に1人が時間講師です。人件費抑制ないしは大量の臨時任用の必要など,事情があるのでしょうが,この高さは際立っています。2位の東京(8.8%)を大きく突き放しています。

 一方,率が低いのは高知(0.8%)や鹿児島(0.9%)など,地方県が多いように思えます。しかし,埼玉,千葉,そして福岡なども白色であることから,地方で低く都市で高い,という単純な話でもなさそうです。やはり,各県の方針による部分が大きいようです。

 時間講師依存率の高低によって,各県の教員の総体としてのパフォーマンスがどう異なるかは,興味深い問題です。3月8日の記事では,連携・協力面の教員のパフォーマンス指数を県別に出したのですが,この指数と時間講師依存率の相関をとったところ,有意ではないですが負の相関でした(公立小学校)。

 もっと分析を詰めてみれば,バイト依存率が高まることの負の側面が,実証的に解明されるかもしれません。

2012年6月28日木曜日

新規採用教員の採用前の状況(都道府県別)

4月23日の記事では,公立学校の新採教諭の採用前の状況がどういうものかを明らかにしました。2009年度の公立小学校の新採教員(12,527人)でいうと,新卒が45.5%,社会人が5.8%,非常勤講師・塾講師等が47.7%,高専以上の教員が1.0%,です。

 以前は新卒が主流でしたが,現在では,非常勤講師などをしながら採用試験に複数回トライした浪人組がマジョリティになっていることが知られます。その量,およそ半分なり。

 上記の記事でも書きましたが,採用試験の難関化により,現役一発ではなかなか受かりにくくなっていることがあるでしょう。採用側にしても,教職経験のある人材(非常勤含む)を歓迎する向きがあります。まあ,非常勤とはいえ,一応は教壇に立った経験のある人材が多く集うことは,悪いことではありますまい。

 しかるに,非常勤講師経験の長い者は,授業が自己流になっている,という指摘もあります。彼らには研修を強制できないためです。また,正規採用時に高齢化しているので(30歳以上も多し),若さと体力で子どもから支持される経験を味わう機会を逸することにもなります。このことが,教員としての力量形成,自我形成に影響しないかどうか・・・。これらの点については,6月14日の記事をご覧いただければと存じます。

 今回は,小学校新採「教諭」の採用前の状況を,都道府県別にみてみようと思います。新卒が何%,非常勤講師等が何%という構成は,県によって大きく異なることでしょう。県単位のローカルなデータも,また一興です。

 資料は,2010年の文科省『学校教員統計』です。県別の数値は,国公私全体のものしか得られませんが,小学校では国・私立校はほんのわずかですので,公立小学校の新採教諭(≒採用試験合格者)のデータとみなしてもよいでしょう。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172

 下図は,採用前の状況の構成を,県ごとに帯グラフで示したものです。新卒は,県内学校と県外学校に分けました。社会人は,官公庁勤務,民間勤務,ないしは自営業だった者です。カッコ内の数字は,新採教諭の実数です。東京でいうと,1,629人の採用前の状況が図示されていることになります。


 ほとんどの県において,非常勤講師・塾講師等(浪人組)が最多となっています。秋田,石川,宮崎,そして沖縄では,このグループの比重が8割を超えます。

 全体的にみて,この層の比重は,採用試験の競争率と相関しているように思えます。東京や神奈川など,競争率が低い都市部では,紫色の領分が比較的小さいようです。競争率が高い地方県は,その反対です。試験が難関化している県ほど,採用者に浪人組が多いというのは道理です。

 次に,図の青色の部分に注目しましょう。県内学校出身の新卒者の比重です。この値が高いほど,土地勘のある人間が多く採用されていることになります。各県の教育界と地域の密着度を測る尺度としての面も持っています。

 県内新卒率の上位5位は,岐阜(42.7%),北海道(40.9%),新潟(39.3%),京都(39.0%),そして島根(33.9%),です。

 岐阜は,新採教諭の4割以上が県内の新卒者ですが,県内の国立学校(岐阜大学)出身の新卒者に限ると,その比率は27.4%なり。ほう。4人に1人が岐阜大学出の新卒者なのですね。辞令交付式の会場は知り合いが多く,さぞ和やかな雰囲気であったことと思います。

 地方の国立大学は,地元の教員養成を主たる機能としているのですが,その機能の遂行の度合いは,今計算した指標によって測れるかもしれません。岐阜大学は27.4%ですが,私の郷里の鹿児島大学は11.8%です。いろいろ注目を集めている秋田の秋田大学は16.7%なり。むーん,違うものですね。機会をみつけて,地元国立大学新卒占有率を全県分出してみようと思います。

 なお,緑色の社会人の比重も県によって異なっています。15%を超える県は,青森,山形,茨城,鳥取,高知,熊本,そして大分です。社会人に,比較的門戸を開いている県といえるでしょう。

 上図の模様如何によって,新採教員のパフォーマンスがどう異なるかは,興味深い問題です。新採教員の中に,非常勤経験の長い高齢教員が多くなることの問題点については,先ほど簡単に述べました。紫色の領分が大きい県では,もしかすると,こうした問題が色濃いのかもしれません。初任者研修の場で,「こんなことアホらしくてできるかい」,「そんなこと分かってるよ」とメモも取らずにふんぞり返っている輩が多いのは,こういう県かもしれません。

 それでは,今回はこの辺りで。

2012年6月26日火曜日

『コクリコ坂から』DVDゲット

スタジオジブリの『コクリコ坂から』がDVD化されました。アマゾン経由でゲット。やったー。


 「おや,何でも2つもあるの?」とお思いでしょうか。左がDVD版で,右はBlu-ray版です。私はDVDプレイヤーしか持っていませんが,やっちまいました。3月,誤って後者を予約注文してしまったのです。

 到着と同時にソッコーで開封してしまいましたので,返品は効かず・・・。泣くような思いでDVD版を再注文し,それが今日着いたというわけです。DVDとBlu-rayの区別もつけていなかった私がバカでした。後者は,高性能の次世代DVDというやつですよね。

 でも,アマゾンではBlu-ray版が上に出てくるのだようなあ。それだけもう,この新機種が普及しているということでしょうか。再生はできませんが,まあ持っていてもよいでしょう。これから購入される方は,お間違いなきよう。

 昨年の夏に劇場公開された映画ですが,私は7回シアター通いしました。でもこれで,自宅であの感動を繰り返し味わうことができます。初回限定の特典ディスク「横浜特別版」では,手蔦葵さんが歌う「さよならの夏」を,昔の横浜の街を眺めながら聴けます。これもグッド。この物語の時代は,東京オリンピックの前年(1963年)ですが,当時の横浜市街の風景かな。

 物語の途中で挿入される,坂本九さんの「上を向いて歩こう」もいい。今日はずっと見入っていました。これからもそうでしょう。

2012年6月25日月曜日

大学別の教育分野の博士号授与件数

文科省『平成20年度博士・修士・専門職学位の学位授与状況』によると,2008年度間の博士号学位授与件数は16,735件だそうです。ほう,年間にこれだけの数の博士号が授与されているのですね。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakuin/index.htm

 しかるに,このうちの多くは理系分野のものです。教育分野の博士号授与件数は234件であり,全体のたった1.4%です。教育分野の博士号には,博士(体育学)や博士(人間環境学)なども含まれますが,大半が博士(教育学)であるとみてよいでしょう。

 さて,この教育分野の博士号ですが,どの大学で多く出されているのでしょう。母校の東京学芸大学の位置は如何。興味を持ったので,上記の資料から必要な数字を採取し,一覧表をつくってみました。


 設置主体別にみると,国立大学が190件であり,全体の8割を占めます。教育分野の博士号の主な産出源は国立大学のようです。★印の旧帝大の総計は84件(36%)なり。

 大学別にみると,1位は広島大学(35件),2位は筑波大学(28件),3位は名古屋大学(23件),そして4位がわが母校・東京学芸大学(20件)です。学芸大は全国で4位,授与件数全体の8.5%を占めることが知られます。2008年度は20件か。私の時(2004年度)は17件だったかな。

 学芸大は院生の数が多くないので,ベースを考慮した学位授与率という点でみたら,もしかするとトップかも。この点に関する大学別の統一資料はないのですが,学芸大はホームページにて,修了者のうち,学位取得者が何人,退学者が何人という情報を公開しています。
http://www.u-gakugei.ac.jp/~graduate/rengou/data/shusyoku.html

 それによると,1998年度から2010年度までの修了生284人(中途退学者含む)のうち,学位取得者は188人とのこと。学位取得率は66.2%です。これはかなり高いのではないでしょうか。学芸大の博士課程に入れば,7割近くの確率で博士号がゲットできます。

 ついでに,これまでの学位取得者188人の現状をみておきましょう。学芸大は,修了生の状況を丹念にフォローし,彼らの現況に関する統計を作成しています(私のところにも,毎年,現況の申告を求める手紙がきます)。以下の表は,上記のホームページのデータから作成したものです。


 ほう。8割近くが大学教員,研究員,ないしは小中高教員といった定職に就いているではないですか。学位取得者の大学・短大ポストのゲット率は約6割。こちらも高いほうの部類に入るのではないかしらん。私は非常勤講師ですので,上表でいう30人(16%)の中の1人です。

 マクロな統計をみると,自分の立ち位置がよく分かります。私の場合,こういう作業をすると凹むことが多いのですが・・・。

2012年6月23日土曜日

幼稚園教員の苦悩

文科省の『学校教員統計』では,調査年の前年度間に離職した教員の数を,離職の理由別に明らかにしています。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172

 設けられている離職理由のカテゴリーの中に「病気」というものがあります。最新の2010年調査によると,前年の2009年度間において,病気という理由で離職した教員数は,幼稚園で545人,小学校で629人,中学校で346人,高校で258人,特別支援学校で94人,となっています。

 この数を,各学校種の本務教員数で除すことで,病気による教員の離職率を算出することができます。結果は,下表のごとし。分母の本務教員数は,2009年5月1日時点のもので,出所は同年度の文科省『学校基本調査』です。


 ベースの規模を考慮した離職率でみると,病気を患って職を辞す確率は,幼稚園の教員で各段に高くなっています。小中高特の比ではありません。

 いつ頃からこうした事態になっているのかを突き止めるため,病気による離職率の時系列推移をとってみました。1979~2009年度までの30年間の変化をみてみます。3年刻みなのは,上記の文科省調査が3年間隔で実施されていることと対応しています。


 どの時期でも,幼稚園教員の病気離職率はダントツで高かったようです。しかるに今世紀以降,幼稚園教員の病気離職率が加速度的に上昇し,他の学校種との差が広がっています。

 幼稚園は,学校教育法第1条が定める正規の学校であり,「満3歳から,小学校就学の始期に達するまでの幼児」を教育する機関です(第26条)。義務教育学校ではありませんが,就学前教育が普及している今日,多くの幼児が幼稚園に通っています。

 幼稚園の教員は,低年齢の幼児を相手にするだけに,さぞ神経を使うことでしょう。今は保護者がうるさくなっていますから,かすり傷一つでもつけようものなら大変です。少子化により「希少財化」した幼児を,腫れものに触れるかのごとく丁重に扱うことには,多くの気苦労が伴うことと思います。

 「しつけをしてほしい」,「もっと長時間預かってほしい」などと,理不尽な要求を突きつけてくる保護者も少なくないことでしょう。こうしたモンスター・ペアレントは,小・中学校よりも幼稚園で多いのではないか,という見方もできます。

 また最近は,多くの幼稚園が保育所との競合にさらされています。共働き世帯が増えるなか,長時間預かってくれる保育所への需要が高まっています。保育所の在所児数は,2000年の190万人から2010年の206万人へと増加しています(厚労省『社会福祉施設等調査』)。一方,幼稚園児数は177万人から161万人へと減っているのです。

 少子化によりただでさえ少なくなっている顧客を持っていかれるのは脅威です。幼稚園教員の肩には,通常の教育活動に加えて,園児獲得のための営業活動ものしかかっているのではないでしょうか。申すまでもないですが,幼稚園の大半は私立です。

 推測を述べるのはいくらでもできますが,もう少し細かい統計を提示しましょう。下表は,2009年度間の幼稚園教員の病気離職率を,属性別に出したものです。年齢層別の分母は,2009年の数値が得られませんので,2010年の『学校教員統計』からとりました。よって全年齢層の合計が,最下段の数値と一致しないことに留意ください。


 設置主体別にみると,私立幼稚園の病気離職率が高くなっています。性差はほとんどなし。年齢層別では,20代の若年教員の率が圧倒的に高いようです。

 若年教員は,業務の最前線に立たされると同時に,各種の雑用もこなさなければならない年齢層です。先ほど述べた諸々の困難に遭遇する確率が最も高い年齢層であるといえましょう。ちなみに,20代の病気離職者392人のうち,ちょうど半数が精神疾患による離職者となっています。

 幼稚園の教員の問題への注目度は,小中高に比して低いように感じます。朝日新聞教育チームの『いま,先生は』(岩波書店,2011年)をみても,取り上げられている事例に幼稚園教員は一人も含まれていません。

 しかるに,統計によって客観的に計測してみると,幼稚園教員の危機状況がダントツで強いことが知られます。保育士も含めて,就学前教育を担う教職員の問題にもっと目が向かられるべきかと存じます。

2012年6月21日木曜日

博士は何人いるか

「石を投げたら大学生に当たる」という言がありますが,石を投げたら博士号学位保有者(Dr)に当たる確率はどれほどなのでしょう。

 文科省の『平成20年度博士・修士・専門職学位の学位授与状況』によると,1957年4月~2009年3月までの間における,博士号学位授与件数の総計は446,313件となっています。この数は,現在の日本における博士号学位保有者の近似数とみなしてよいでしょう。1957年3月以前の旧制の博士号学位取得者は,多くの方がお亡くなりになっていると考え,数に入れないこととします。
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/daigakuin/index.htm

 現在,わが国には44万6千人の博士(Dr)がいます。国民全体(1億2千万人)の約0.4%です。この比率を適用すると,私が住んでいる多摩市(人口14万6千人)には,584人の博士がいることになります。へえ,多いのだなあ。

 次に,分野別の授与件数をみてみましょう。私は教育学の博士号を取りましたが,新制の教育学博士号の授与件数を累積すると,どれくらいの数になるのかしらん。


 最も多いのは保健で,225,527件です。この分野の博士号が,全体の50.5%を占めています。次が工学(21.2%),その次が理学(10.4%)です。これまでに授与された博士号の多くが,理系のものです。

 教育学博士号の授与件数は3,268件なり。現在のわが国には,国民10万人につき2.7人の教育学博士がいます。これによると,東京都(人口1,320万人)には356人,多摩市には4人の教育学博士がいるものと推定されます。ほほう,自分の立ち位置が分かりました。

 こうした「知的資源」がどう活用されているのか。『知的資源活用状況調査』というものも,定期的に行われる指定統計調査の中に含めてみてはどうでしょうか。学位保有者の数は多くはないので,それほどの手間にはなりますまい。

 博士号取得者の量産は,国策によって進められている面もあります。国の製造者責任を吟味する上でも,この種の情報が整備されて然るべきでであると思います。

2012年6月19日火曜日

都道府県別のワーキングプア出現率

総務省『就業構造基本調査』から,就労している者の年間所得分布を知ることができます。年間所得とは,「本業から通常得ている年間所得(税込)」だそうです(用語解説参照)。最新の2007年調査から,15歳以上の有業者(パート,バイト等含む)の所得分布を明らかにすると,下図のようです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001017285


 この年の15歳以上の有業者数は,およそ6,600万人です。その年収分布を出すと,300万円台が12.9%と最も多くなっています。平均値も,この階級に含まれるとみてよいでしょう。有業者の平均年収が300万円台・・・。「低い」という印象を受けます。

 これは,パートやバイトを含めているからだろう,といわれるかもしれません。しかし,雇用の非正規化が進んでいる現在,こうした就業形態は無視できるものではありません。パートやバイトは,以前は「家計の補助」的な意味合いを持っていましたが,今日では,それをメインにして生計を立てている(立てざるを得ない)者も多いと思います。

 さて,ここで注目したいのは,年収が200万円に満たない層です。レッテル貼りはよくないですが,この層は,いわゆる「ワーキングプア」であると解されます。就労しているにもかかわらず,最低限の生活を維持するだけに足りる収入しか得られない者のことです。

 上図をみると,こうしたワープアが,有業者全体の33.7%を占めていることが知られます。実数にすると,およそ2,200万人。現代日本では,働く人間の3人に1人がワープアです。

 このことはメディアでもよく報じられているので,ご存知の方も多いでしょう。しかるに,地域別にみるとどうでしょう。たとえば,東京と私の出身の鹿児島では,ワープア率にかなりの差があると思われます。

 ざっと調べたところ,この点はあまり明らかにされていないようです。上記の『就業構造基本調査』の県別データにあたって,都道府県別のワープア率を計算してみました。15歳以上の有業者全体と,私が属する30代の有業者について,比率を出しています。


 まず有業者全体をみると,ワープア率の全国値は33.7%ですが,県別ではかなりの開きがあります。最も高いのは沖縄の49.9%,最も低いのは東京の26.5%なり。何と何と,沖縄では働く人間の半分がワープアです。

 ワープア率が40%を超えるのは,青森,岩手,秋田,佐賀,長崎,宮崎,鹿児島,そして沖縄の8県です。いずれも,地方の周辺県となっています。地方は所得水準が低いので,予想されることではありますが,東京とこれほどまでに違うとは。

 次に,私と同年齢の30代についてみると,まあ働き盛りの年齢層ですから,ワープア率は全体と比したら低くなっています。しかるに沖縄では,30代の有業者でも,5人に2人がワープアです。東京の15.7%の倍以上です。

 最後に,有業者全体の県別ワープア率を地図化しておきましょう。私は「視覚人間」ですので,こういうオマケをつけたくなります。


 5%刻みで塗り分けてみました。3割未満(白色)は,東京と神奈川のみ。4割を超える黒色は,北東北や南九州に固まっています。全体的にみて,都市よりも地方で高い傾向です。

 最近,生活保護へのバッシングが強まっていると聞きます。「働いている俺たちよりも,保護受給者のほうが高い金をもらっている」・・・。こういう声は,とりわけ上図の黒色の地域で強いのではないかしらん。

 昨年の12月11日の記事では,生活保護受給者の自殺率を出したのですが,この値の県別数値は,今回のデータとリンクするのではないかなあ。私には検討する手筈はありませんが,内部データをお持ちの厚労省の担当者さま,よろしければご検討のほど。

2012年6月17日日曜日

戦前期の教員の死亡率

4月14日の記事では,大正時代の教員の生活が悲惨きわまりないものであったことを紹介しました。第1次世界大戦後の好景気によりインフレが進行したのですが,教員の給与は,それに見合う形で上昇しなかったからです。

 当時の新聞や雑誌をくくると,教員の悲惨な生活実態を伝える記事がわんさと出てきます。「惨めな月給生活」,「一家離散」,「弁当は大抵パン半斤」,「食物さへ十分でない教員」,「三分の一は住宅費に」,「病人多し」・・・上記の記事で紹介した朝日新聞の記事には,こんなフレーズが躍っています。

 今回は,量的なデータを用いて,当時の教員の危機状況を再構成してみようと思います。内閣統計局『日本帝国死因統計』の各年次版に,職業別の死亡者数が載っていることに気づきました。職業カテゴリーの中に「教育ノ業」というものがあります。この中には学校の教員のほか,私塾の教員なども含まれるのでしょうが,多くは前者であるとみてよいでしょう。以下,「教員」ということにします。

 私はこの資料をもとに,明治末期から昭和初期における,各年の教員の死亡者数を明らかにしました。そして,この数を各年の小学校教員数で除して,教員の死亡率を計算しました。当時の教員は,ほとんどが小学校の教員でしたので,分母をこのグループで代表させてもよいでしょう。各年の小学校教員数は,文部省『学制百年史(資料編)』より得ました。

 大正末期の大正15年(1926年)でいうと,教員の死亡者数は2,201人,小学校教員数は216,831人なり。よって,この年の教員の死亡率は,小学校教員千人あたり10.2人と算出されます。この数字は,教員の相対的な死亡確率なので,絶対水準を問題にするものではありません。ここでの関心は,この死亡確率が,明治末期から昭和初期にかけてどう推移したかです。

 下図は,明治39年(1906年)から昭和11年(1936年)までの30年間において,教員の死亡率がどう変化したかをたどったものです。当時の経済変動との関連もみるため,消費者物価指数(1934~36年平均=100)のカーヴも添えています。この指数の出所は,大川一司ほか編『長期経済統計8:物価』東洋経済新報社(1967年)の135頁です。


 教員の死亡率は,大正6年から7年にかけて跳ね上がります。この時に何があったかというと,急激なインフレです。消費者物価指数は,この1年間で77から104へと上昇しました。にもかかわらず,教員給与はほぼ据え置きのままだったのですから,教員の生活難が一気に高まった,ということでしょう。大正7年(1918年)は,教員の死亡確率がピークであった年です。4月14日の記事で紹介した,「惨めな月給生活」と題する朝日新聞の記事は,この年のものだったのだなあ。

 全体的にみて,教員の死亡率のアップダウンは,消費者物価指数のそれと近似しています。物価が上がれば高くなり,下がれば落ち着く。この期間のデータから,両指標の相関係数を出すと0.628にもなります。有意な正の相関です。戦前期の教員の危機状況は,経済変動と密接に関連していたことが知られます。

 さて,教員らが「惨めな月給生活」を強いられ,死亡率がピークであった大正7年における,教員給与の水準はどうだったのでしょう。下表は,公立の尋常小学校教員の平均月給額を職名別に示したものです。


 職階によって一様ではありませんが,最も多数を占める,小学校本科正教員の資格を持つ男性正教員で31.42円なり。准教員や代用教員になると,20円を切ります。

 この給与額が高いか低いかですが,上記の『長期経済統計8:物価』によると,この年の大工さんの平均日給は184銭だったとのこと(245頁)。月25日勤務とすると,月収額は46円となります。資格持ちの男性本科正教員でさえ,大工の月収の3分の2ほどであったようです。准教員や代用教員に至っては,3分の1程度なり。

 上表の教員数の欄から分かるように,当時の尋常小学校教員の4人に1人は,超低賃金の准教員や代用教員でした。こうみると,当時の各種メディアでいわれていることが,決して誇張ではないことがうかがわれます。

 これでは,ということで,大正9年(1920年)に公立学校職員年功加俸国庫補助法が制定され,公立学校教員の年功加俸に国庫補助が得られることになりました。それに伴い,教員給与が大幅にアップするのですが,その効果は如何。

 下図は,教員の大工の平均月給額を推移をとったものです。教員の平均月給額は,各年の教員の性別・職階構成を考慮して算出したものです。上表の大正7年のデータから総平均を出すと,23.15円なり。大工の月給は,日給×25で出しました。


 悲しいかな,大正9年の教員給与増も「焼け石に水」であったようです。大工の給与はそれを上回る増加ぶりです。大正期はずっと,教員の生活難が継続していたことがうかがわれます。

 ですが,昭和初期の不況期になると大工の月収は下がり,昭和6年には逆転します。「不況に強い公務員」は,いつの時代でも同じなり。石戸谷哲夫教授は,この時期の教員生活を「未曾有の恵まれた状況」と表現しています(『日本教育史』講談社,1967年,427頁)。

 しかるに,民間からの妬みもあったのか,教員給与不払い,強制寄付のようなことがまかり通っていたことも指摘しておかねばなりません(とくに農村部)。その後,昭和10年代の半ばになると,軍需インフレにより,教員の生活は再び苦しくなります。

 今回は,死亡率と教員給与という量的な統計指標によって,戦前期の教員の危機状況を再構成してみました。教員生活に関わる「時代の証言」を採集するのと並行して,こういうマクロな統計も蓄積していきたいものです。

2012年6月15日金曜日

職階別の教員給与

3月27日の記事では,公立学校の教員給与を明らかにしたのですが,一口に教員といっても,いろいろな職階があります。多くは教諭ですが,校長や教頭のような管理職もいます。また最近は,講師や代替教員のような,有期雇用の教員も増えていることでしょう。

 今回は,職階ごとの平均給与額をみてみようと思います。2010年の文科省『学校教員統計調査』には,同年9月の平均給与額が掲載されています。諸手当は含まない本俸の額です。下表は,校種ごとの職階別の額を整理したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172


 有期雇用の職(講師~代替教員)は,段を分けています。表中の職階で人数的に最も多いのは教諭ですが,小学校教諭の平均月給は33.8万円なり。校長さんは45.7万円。やはり,職階によってかなり違いますね。校種間の差は,どの職階でも,おおよそ「小<中<特<高」となっています。

 賞与等込の年収にすると,公立小学校教諭の場合,33.8万円の12か月分を1.5倍して,だいたい608万円というところでしょうか。校長の推定年収はおよそ823万円なり。むろん,年齢によって大きな幅があるでしょうが,職階ごとに括ると,こういう数字が出てきました。

 次に,各職階の給与水準が,同年齢・同学歴の労働者全体と比してどうかを考えてみましょう。2010年の公立小学校校長の平均年齢は56.8歳です。同年の厚労省『賃金構造基本調査』によると,50代後半の全産業の大卒・大学院卒労働者の平均給与月額(所定内)は50.2万円です。むーん,校長さんの月給(45.7万円)は,民間の同年齢・同学歴の労働者より安いのですねえ。

 では,他の職階についても,同年齢の大卒卒労働者全体の給与と比べてみましょう。本当は性別も統制したいのですが,教員の職階別の給与を男女別に知ることはできませんので,この点はご容赦ください。下表は,公立小学校教員の職階別給与を,同年齢の大卒・大学院卒労働者と比較したものです。


  どの職階の給与も,同年齢・同学歴の労働者全体より低くなっています。教諭の平均月給(33.8万円)は,40代前半の大卒労働者の給与(44.1万円)の約4分の3なり。講師や代替教員のような有期雇用職となると,7割を切ります。この対民間比は,主幹教諭になって8割に達し,最上位の校長になってようやく9割に達する,という具合です。

 教員給与は,管理職でみても,同年齢・同学歴の労働者全体の平均水準に達しないとは意外でした。公立小学校のみならず,他の学校種も同様です。まあ,様相は地域によって大きく異なるでしょう。民間の給与水準が低い地方では,逆の結果になると思われます。

 ところで,諸手当込の年収比較をしたらどうでしょうか。教員の各職階の年収は,「平均月給額×12か月×1.5」で推し量ります。ただし,有期雇用職(講師~代替教員)は,諸手当なしとみなし,「月収×12」とします。

 同年齢の大卒労働者全体については,上記の厚労省資料から年間賞与・他特別手当額が分かるので,「平均給与月額×12か月」にこの額をプラスした値を年収とします。教諭と同年齢の40代前半の大卒労働者の場合,(44.1×12)+154.9 ≒ 684万円なり。

 下表は,公立小学校教員の職階ごとの推定平均年収額を,同年齢の大卒労働者全体のそれと比較したものです。


 教育公務員は諸手当が充実しているので,先ほどの月収比較とは様相が違っています。校長と副校長は,同年齢の大卒労働者の年収額を上回っています。教諭はほぼ9割。月収比較の場合に比したら差が縮まっていますが,手当込の推定年収でみても民間以下とは。

 今回は,教員給与を職階別に出してみました。教員給与は,管理職になってようやく(同年齢・同学歴の)民間労働者並み,ないしはそれを少し上回る水準になることが示唆されました。かなり乱暴な計算をしましたが,これが現実に近いというならば,ちょっと・・・という感じです。

2012年6月14日木曜日

新規採用教員の高齢化の問題

6月11日の日本教育新聞に,「『新任』の高齢化で新たな課題」と題する記事が載っています。私が分析したデータが紹介されています。


 記事によると,2009(平成21)年度の公立学校の新規採用教諭のうち,30歳を超える者の割合は,小学校が2割,中学校が3割,高等学校が4割とのこと。記事中のグラフから明らかなように,この比率は,12年前の1997年度よりも増えています。一言でいうなら,新規採用教員の「高齢化」です。

 採用試験の難関化により,現役一発ではなかなか受かりにくくなっているのでしょう。採用側にしても,ケツの青い新卒よりも,臨時講師などの教職経験のある人材が欲しいのかもしれません。ちなみに,2009年度の新規採用教員の採用前の状況をみると,「塾講師,非常勤講師」という者が最多だそうです。臨時講師などをしながら採用試験に複数回トライした浪人組です。

 新規採用教員の高齢化は,別に悪いことではありますまい。臨時任用とはいえ,一応は経験を積んだ人間が集まるわけですから。つい昨日まで学生だった22歳の青二才を,いきなり教壇に立たせていいのか,という声もあります。採用試験の年齢制限は,「~歳未満」という上限ではなく,「~歳以上」という下限にすべきだ,という意見も耳にしたことがあります。

 しかるに,負の側面もあります。上記の記事にて,横浜市教委の教職員育成課長さんは,次のように述べています。「非常勤経験が長いほど,自己流の授業スタイルに陥るリスクが高い」。

 なるほど。時間給(1時間の授業当たりナンボ)で働く臨時講師には,研修を強制できません。「放課後の研修会にちょっと出ろや」と声をかけても,"No"といわれればそれまでです。自分の力量形成のため,無償であっても参加する講師もいれば,授業が終わったら,採用試験対策のための予備校に直行という者もいることでしょう。後者のほうが多数派なのではないかなあ。

 かくして,臨時採用の期間が長引くほど,自己流の授業スタイルができ上がっていくリスクが高まることになります。この手の輩が試験に通って正規採用になった場合,初任者研修では,それを削ぎ落とさなければならないわけです。これは,ある意味,経験のない白紙の新卒を教育するよりも大変なことです。

 こういう問題があることから,横浜市では,臨時採用の講師にも研修を課すそうですが,研修時間の分の給料も上乗せして払うのかしらん。それとも,1日あたりナンボの日給制にするのかな。

 続いて,第2の問題点。記事では,福井大学の松木教授の調査結果が紹介されています。それによると,子どもからの支持が高い教員の年齢層は,20代前半,30代半ば,そして50代だそうです。子どもからの支持という点でみると,3つのピークがあることが知られます。

 高齢の新規採用教員は,このうちの第1のピークを経験する(味わう)機会を逸するわけです。このことが,教員としての自信形成,自我形成に影響しないかどうか・・・。こういう懸念が持たれます。

 新規採用教員の高齢化は,最初から即戦力のある人材が増えるのであるからよいことだ,と捉えられがちですが,それには影の部分もあることを知りました。上記の記事は勉強になりました。

 蛇足ながら,記事では述べられていない,第3の問題点を指摘しておこうと思います。新規採用教員の高齢化は,教員集団の年齢構成を「いびつ」なものにします。4月4日の記事でみたように,新規採用教員の高齢化が最も著しいのは沖縄です。その関係上,この県では,20代の若年教員がとても少なくなっています。

 下図は,東京と沖縄について,公立小学校教員の年齢ピラミッドを描いたものです。資料は,2010年の『文科省学校教員統計』です。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172


 沖縄では,20代教員は全体のわずか3.2%,残りの96.8%は30歳以上なり。比にすると「1.0:30.3」。東京は,20代が21.7%,30歳以上が78.3%で,比は「1.0:3.6」。

 どの職業集団でも,各種の雑務は,下の層にいくことでしょう。20代の教員が自分たちより上の世代の教員を支える,という比喩を立ててみましょう。この場合,沖縄の20代教員が上から被る圧力の強さは30.3,東京のそれは3.6という数値で測られます。

 人口比をもとに比喩的に出した数値ですが,沖縄の20代教員が被る圧力は,東京の約10倍です。2月19日の記事でみたように,沖縄は,精神疾患による教員の休職率が最高の県ですが,その一因は,上図のような教員集団の年齢構成の「いびつさ」にあるのかもしれません。

 新規採用教員の高齢化は,高齢化した新規採用教員の力量形成のような問題に加えて,マイノリティ化する若年教員(20代)への圧力増大という問題もはらんでいるといえましょう。県単位の統計を使って,新規採用教員の高齢化の程度と,教員の離職率や精神疾患率の相関関係を分析してみるのも,興味深い課題です。

2012年6月12日火曜日

刑務所への再入所者

6月10日の日曜日,大阪の心斎橋で無差別殺傷事件がありました。容疑者は36歳の男性とのこと。私と同じくらいの年齢です。動機として,「家も仕事もなく,自殺しようと思ったができなかった。人を殺せば死刑になると思った」と供述しています。典型的なヤケ型犯罪です。

 昨日の朝日新聞web版の記事によると,この容疑者は,先月24日に新潟刑務所を出所したばかりだったそうです。出所後2週間ちょっとで,人を2人も殺める凶行に及んだことになります。この点について,記事では,刑務所出所者の「再犯防止策に課題」ありと指摘しています。
http://www.asahi.com/national/update/0611/OSK201206110024.html

 今回の事件の容疑者のように,刑務所を出てから再び罪を犯す輩は,どういう人間なのでしょう。少しばかり,統計資料を紹介したいと思います。

 法務省の『矯正統計』2010年版によると,同年中の刑務所入所者のうち,以前に刑務所を出て再び罪を犯して舞い戻ってきた者は15,034人となっています。およそ1万5千人。以下,再入所者ということにします。この再入所者が,再犯時にどういう職業に就いていたかをみると,下表のようです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001076421


 全体の72.5%が無職です。多くが,出所後に職を得ることができず生活に困窮した状態であったことがうかがわれます。今回の容疑者もそうでした。

 次に,刑務所を出てから再び罪を犯してしまうまでの期間の分布をみてみましょう。今回の容疑者はわずか2週間ちょっとでしたが,全体的な傾向は如何。


 全体の22.2%,5人に1人が,出所後半年も経たないうちに罪を犯しています。1年未満が3割,2年未満まで広げると全体の6割がカバーされます。均すと,だいたい1年ちょっとでしょうか。出所してから再び罪を犯すまでの期間は,長くはないことが知られます。

 以上のデータは局所のものであって,出所者全体を代表するものではない,といわれるかもしれません。しかるに,そうでもないのです。刑務所出所者のうち,罪を犯して再び舞い戻ってくる確率がどれほどかを計算しました。下表は,2006年中の出所者30,600人の出所後を追跡したものです。上記法務省資料のバックナンバーをつなぎ合わせて作成しました。


 30,600人のうち1,768人(5.8%)は,その年のうちに舞い戻ってきています。2008年末までの帰還率は31.1%,2010年末までの帰還率は41.0%なり。おおよその傾向でいうと,刑務所を出た者の17人に1人は1年未満,3人に1人は3年未満で返ってきます。これは,かなりの確率といえるのではないでしょうか。

 こうみると,上記の朝日新聞記事の「再犯防止策に課題」ありという指摘も納得です。かつての犯罪仲間との接触というようなプル要因の除去とともに,生活不安・困窮というようなプッシュ要因の解決が求められます。2002年3月に策定された,人権教育及び人権啓発に関する基本計画は,12の人権課題の一つとして,刑を終えて出所した人の人権保障を挙げていますが,これは重要なことであると存じます。
http://www.moj.go.jp/JINKEN/JINKEN83/jinken83.html

 今回の事件の容疑者に対し,大阪府の松井知事が「死にたいなら自分で死ね」と苦言を呈したそうですが,日本人は,極限の危機状況に置かれた際,他人ではなく自分を殺めるという,内向的な性格を強く持っています。このことは,昨年の6月26日の記事において,殺人率と自殺率の分析をもとに明らかにしたところです。

 しかるに今後は,自分ではなく他人を殺るというような,外向性が強まっていくかもしれません。今回の心斎橋での無差別殺傷事件は,このようなことの警告と読むべきなのかもしれません。機会をみつけて,わが国の殺人率と自殺率の長期トレンドから,今後のすうを予測する作業をしてみようと思っています。

2012年6月11日月曜日

大学教員の給与

 「せんせいのお給料ってどれくらい?」。こういう関心をお持ちの方も多いことでしょう。小・中・高の教員の給与については,3月27日の記事などで明らかにしました。

 はて,それより上の大学教員の給与はどれくらいなのでしょう。2010年の文科省『学校教員統計調査』に掲載されている,同年9月の平均月収額を拾ってみました。下表は,本務教員(専任教員)の職階別の平均月収額を整理したものです。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001016172


 給与水準は職階によってかなり違いますが,人数的に最も多いのは教授で,中でも最多なのは私立大学の教授です。私立大学教授の平均月収は57.5万円なり。ボーナスなどを含めた年収額は,この値の12か月分を1.5倍して,1,035万円というところでしょうか。個人差があるにせよ,全体を均した平均額が1,000万を超えることは確かでしょう。

 ちなみに,小・中・高の教諭の平均月収は,国公立大学の助教,あるいは短大の講師と同程度です。校長さんで,大学の准教授と同じくらい。高等教育機関の教員給与は,初等中等教育機関よりも高いことが知られます。

 ですが,生涯所得という点でみると,どうなることやら。大学教員になるには,莫大な初期投資が必要です。大学院修了までの間の学費に加えて,30歳近く(遅ければ40近く)まで働かないことに伴う機会費用も発生します。これらを勘案した生涯所得の額は,人によっては,小・中・高の教員とトントンになるかもしれません。

 ところで,東日本大震災の復興財源確保のため,国立大学の教員給与が削減される見通しです。5月11日の朝日新聞によると,「国家公務員の給与を平均7.8減」とあり,独立行政法人に対しても,これに準じた給与削減を求めるとのこと。その場合,上表に記載されている国立大学教授の月給は,52.9万円×0.922 ≒ 48.8万円となります。イタイ・・・。
 http://www.asahi.com/special/minshu/TKY201205110228.html

 下表は,大学教授の平均月収額の推移を,設置主体別に跡づけたものです(『学校教員統計調査』参照)。国立大学教授の給与水準は,2001年以降,公私立を上回るスピードで下がってきています。これにさらに追い打ちがかけられるわけです。


 となると,国立と公私立の給与差が開き,前者から後者への人材移動(流出)が起きるかもしれません。そういえば,私が知っている先生で,地方の国立大学から,首都圏の私立大学(中の下くらいのランク)に移られた方がいたなあ。このような人材移動の量は,『学校教員統計』の教員異動調査から知ることができます。2013年度の同調査の結果が見ものです。

  話があちこちに散ってしまいますので,この辺りで。 回を改めて,小・中・高の教員の職階別(校長,教頭,教諭・・・)の給与水準もご覧に入れようと思います。

2012年6月10日日曜日

展望不良による若者の自殺

就職失敗を苦に自殺する大学生の存在が問題になっています。警察庁の『自殺の概要資料』によると,その数,2010年は46人,2011年は41人なり。

 若干減っていることに安堵する関係者もいるかもしれませんが,それを戒めるデータがあります。「進路に関する悩み」という理由による自殺者です。「就職失敗」と「進路に関する悩み」という理由は,類似した側面を持っています。先行きが不透明な状況に絶望し,自らを殺めてしまう人間の量を測るには,両者の合算分に注目する必要があるかと思います。

 「進路に関する悩み」を苦に自殺した大学生は,2010年が73人,2011年が83人です。こちらは10人も増えています。よって,2つの理由による自殺者の合算値は,119人から124人へと増えていることになります。予断を許さない状況は続いているとみるべきでしょう。

 今述べたことは,3月14日の記事で明らかにしたことです。しかるに,学校から仕事への移行を期待されているのは,大学生だけではありません。今回は,10~20代の若者全体について,上記の2つの理由による自殺者がどれほどいるか,どう推移してきたかをみてみようと思います。ひとまず,「展望不良による自殺」と括っておくことにします。

 警察庁の『自殺の概要資料』において,詳細な自殺原因の統計が公表されているのは,2007年以降です。この年以降の展望不良による自殺者数を,10代と20代に分けて跡づけてみました。下表をご覧ください。
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/keisatsutyo.html


 2つの理由による自殺者数は,10代,20代とも,増加の一途をたどっています。20代では,就職失敗による自殺は2010年から11年にかけて減少していますが,進路の悩みによる自殺が増えているので,総量はトントンになっています。

 20代の進路の悩みといえば,多くが就職関連のものではないかと推測されます。就職失敗を苦にした自殺であっても,遺書や遺族の証言が曖昧であったため,このカテゴリーに放り込まれたケースもあると思います。メディアではあまり取り上げられていないようですが,「進路の悩み」という自殺理由にも目が向けられる必要があるでしょう。

 次に10代の欄に目を移すと,こちらは双方の理由とも増えており,合算値は最近1年間で10人増となっています。その多くが進路関連の悩みです。10代の場合,大学受験失敗の類が多いのでしょうが,就職失敗に類するものも含まれていることと思います。2011年になって数が急増しているところをみると,東日本大震災による地元の雇用市場崩壊ということも影響しているのではないでしょうか。

 本日の読売新聞に,就職に失敗した学生の自殺を防ぐべく,大学とハロワが連携して心のケアに取り組んでいる,という記事が載っています。この手の実践は,自我が未熟な10代の生徒に対し,もっと徹底されて然るべきかと思います。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/syuukatsu/snews/20120610-OYT8T00275.htm

2012年6月9日土曜日

昭和初期の子どもの1日(村落)

前回は,1941年(昭和16年)秋の大都市における,子どもの1日の暮らしぶりを観察しました。今回は,村落に目を転じてみましょう。

 都市化が進んだ現在では,人口の大半は都市に住んでいますが,昔は違いました。1940年の『国勢調査報告』によると,人口の6割は町村の居住者で,そのうちの半分は人口が5千人に満たない町村の居住者です。よって,当時の子どもの生活の実相を知るには,村落(農村)に目を向けることが不可欠です。

 総務省統計局の図書館で,『国民生活時間調査・季節調査報告秋季・国民学校児童編』(日本放送協会,1942年10月刊行)という資料をみつけました。この資料から,1941年11月のある1日(平日)における,時間帯別の子どもの生活行動分布を知ることができます。ここでいう子どもとは,国民学校初等科5年生の児童です。年齢でいうと,ほぼ10歳。

 前回は大都市のデータをみました。今回は,村落のそれをみてみます。サンプル数は,男子が439人,女子が445人なり。大都市よりも若干多くなっています。下図は,10分刻みの時間帯別に生活行動の分布を図示したものです。男女で分けています。


 村落の子どもの場合,都市部にもまして,起床の時間が早くなっています。朝の5:30にして6割,6:00では8割の者が起きています。今の子どもだったら考えられないことですね。

 朝の時間帯に,お手伝い(用事)をする者や遊ぶ者が少なくないのは都市部と同じですが,村落の特徴は,通学のシェアが大きいことです。7時台のほとんどは通学に費やされています。村落の場合,遠距離通学がさぞ多かったことと思われます。歩いて1時間なんてのはザラでしょう。

 放課後の14~15時台も,通学に多くが喰われています。帰宅した後は,多くの子どもがお手伝い。17:00~17:10の時間帯でみると,男子の40%,女子の45%がお手伝い(用事)をこなしています。この比率は,前回みた大都市よりもはるかに高くなっています。参考までに,この時間帯の行動分布を大都市と村落で比べた表を掲げておきましょう。


 村落の子どものお手伝い実施率の高さには驚かされます。夕食の支度・お使いに加えて,家畜の世話,農作物の管理・収穫,子守のような仕事も子どもに割り振られたことでしょう。農作業にしても機械化が進んでおらず,多くが手作業であったため,子どもも貴重な労働力であったわけです。

 村落ではその分,勉強や遊びのウェイトが小さくなっています。上図をよくみると,学校に登校してから授業が始まるまでの間に勉強する者が2割ほどいます。夜は宿題をやる暇がないので,朝方に急いで仕上げるのでしょうか。

 最後に就寝時間です。朝が早いためか,布団に入る時間は都市部よりも早くなっています。夜の8:00で約半分,9:00になると9割の者が床に就いています。今だったら,ほとんどの子が塾で授業を受けたり,自室でくつろいだりしている時間です。

 1941年といったら,今から70年前ですが,子どもの生活はまったく違っていたのですね。とくに村落では,「早寝早起き・お手伝い」が都市部よりももっと徹底されていたようです。徒歩1時間の通学はザラ,その上,家での各種のお手伝いで体を動かしていたのですから,当時の村落の子どもは体力があったのではないかなあ。

 当時の子どもの生活を無条件に賛美するつもりはありません。「百姓の子が勉強などするでない。手伝いをせい!」などと親から言われ,勉強したくてもできない子が数多くいたというなら,それは不幸なことです。

 しかるに,昔の子どもの生活は,文字通り,「生」きるための「活」動という意味合いを色濃く持っていたことは,注目されるべきでしょう。今の子どもたちは,こうした原義的な意味での「生活」から完全に乖離しています。彼らの1日の多くは,学校での机上の勉強,マスメディア視聴,ネットゲームなどで占められています。モノの生産者ではなく,モノの消費者です。このことに伴う諸問題については,ここで申すまでもありますまい。

 時代が変わったといわれればそれまでですが,現代の子どもたちをして,「生活」に意図的に接近させる実践も必要であると思われます。小学校低学年における生活科の創設,近年のキャリア教育の進展などは,それに沿うものでしょう。昨年に起きた東日本大震災も,子どもたちに基本的な「生」を見つめさせる機会となっています。

 このようなことを述べるのは,今の子どもたちの暮らしぶりをデータで明らかにした後にすべきかもしれません。最新の『国民生活時間調査』の統計を使って,現在の小学生の1日を俯瞰できる統計図をつくり,昔と比較する作業を手がけてみようと思います。

2012年6月8日金曜日

昭和初期の子どもの1日(大都市)

総務省統計局の統計図書館をご存知でしょうか。ここには,これまでに刊行された,ありとあらゆる官庁統計が所蔵されています。私にとって「聖地」といえるところです。新宿駅西口から都バスで約15分,国立国際医療センター前下車,すぐ目の前なり。
http://www.stat.go.jp/training/toshokan/4.htm

 今週の水曜(6日),久々に行ってきました。目的を終えて館内を何気なくブラブラしていたら,奥のほうの書棚で,『国民生活時間調査・季節調査報告秋季・国民学校児童編』(日本放送協会,1942年10月刊行)という資料に出会いました。

 くくってみると,1941年(昭和16年)の秋における,国民学校初等科5年生児童の1日の生活行動を仔細に調べた統計表が載っているではありませんか。「これは使える」と思い,必要箇所をコピー。

 いやー,この図書館は「宝の山」です。ちょっとブラつくだけで,ブログのネタにできそうな資料に遭遇することがしばしばあります。私は東京を離れたくないのですが,その理由の一つ,いや最大の理由は,この図書館に通えなくなるのが辛いからなのです・・・。

 『国民生活時間調査』は,日本放送協会が5年おきに実施している調査です。上記の1941年調査は,おそらく最古のものではないかしらん。今回はこの資料をもとに,当時の子どもの1日を再現してみようと思います。
http://www.nhk.or.jp/bunken/yoron/lifetime/index.html

 明らかにするのは,1941年11月のある1日(平日)における,時間帯別の子どもの生活行動分布です。ここでいう子どもとは,国民学校初等科5年生の児童なり。国民学校とは,今でいう小学校です。初等科5年生は,年齢でいうとほぼ10歳に相当します。

 1941年(昭和16年)11月といえば,太平洋戦争が勃発する直前の時期です。戦前期(昭和初期)の子どもの1日の暮らしぶりはどういうものだったのでしょう。なお,原資料では,大都市と村落に分けてデータが集計されています。今回は,大都市の子どもの暮らしをみてみます。サンプルは,男子が352人,女子が359人なり。

 下図は,調査対象日の各時間帯(10分刻み)における行動分布を図示したものです。男女に分けています。


 平日ですので,日中は全ての子どもが学校で授業を受けています。これは今でも同じですが,当時の特徴は,登校前と下校後の過ごし方に見出されます。

 まず起床の状況をみると,朝の6:00にして,およそ4割の者が起きています。7:00になると,男子の1割,女子の2割ほどが「用事≒お手伝い」。早起きして,朝食の支度などを手伝う者も少なくなかったようです。

 なお,朝から遊んでいる子どもが多いことも注目されます。8:00では,4割の者が「遊ビ」です。今の子どもなら,することがない場合,ギリギリまで寝ているのが普通でしょう。当時は,やることの有無に関係なく,子どもは早くに叩き起こされていたことがうかがわれます。「お日様がのぼっているのに布団にくるまっているとは何事か!」という感じでしょうか。

 次に下校後ですが,10歳の子どもですから,当然「遊ビ」のシェアが大きくなっています。その次は勉強です。その中には,宿題や予習・復習のほか,各種の習い事も含まれるとのこと。夕方の4~5時あたりになると,用事(お手伝い)をする者も多し。女子では,3割近くがお手伝いをしています。夕食の支度や買い物でしょう。家電品がなかった当時は,子どもがこうした手伝いに駆り出される条件がありました。

 夕食後は,勉強や身の廻リ雑事(風呂)に加えて,「教養」というカテゴリーも多くなります(とくに男子)。教養とは,「新聞,雑誌,書物を読むこと,ラジオを聴くこと,音楽や舞踊のおけいこに行くこと」等とされています。現在の行動カテゴリーでいうと,メディア接触のようなものですね。

 そして就寝ですが,これがまた早い。夜の9時にして8割,10時になるとほぼ全員が床に就いています。今の小学校5年生だったら,塾で授業を受けている者もいる時間帯です。ちなみに,2010年の『国民生活時間調査』によると,平日の夜の10時で寝ている小学生(5,6年生)の比率は6割ほどです。

 いかがでしょう。「早寝早起き・お手伝い」というような,昔の子どもの生活の特徴が検出されたことと思います。今回みたのは,昭和初期の大都市の子どもの1日ですが,言うまでもなく当時は,村落の居住人口が圧倒的に多かった頃です。

 都市と村落(農村)では,各種の生活条件が大きく違っていました。故に,子どもの生活にも大きな差異があったことと思われます。次回は,当時の村落における子どもの1日をのぞいてみようと思います。

2012年6月7日木曜日

国別の幸福度カルテ③

前回と前々回の記事で,24か国の幸福度カルテをお見せしました。今回は,残りの12か国についてみてみましょう。幸福度カルテとは,OECDの幸福度指数(BLI)をもとに作成したものです。収入,住居,ワーク・ライフ・バランスなど,多角的な視点から,それぞれの国の幸福度を視覚的に捉えることができます。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 11の項目の幸福度が,0.0から1.0までのスコアで計測されています。値が高いほど,幸福度が高いことを意味します。元データからの加工のプロセスは,前々回の記事を参照願います。わが国を例にして,詳しく説明しています。

 それではまず,前半の6か国の図をみていただきましょう。ロシア,ポーランドなど,旧社会主義の国が多く含まれています。国名の右の数値は,11項目の幸福度を測る全指標のスコアの平均値です。あらゆる側面を合成した,総合的な幸福度尺度とお考えください。この値が0.7を超える国は,図形の色をピンクにしました。トータルな幸福度が高い国と判断されます。


 北欧のノルウェーは,多くの項目の幸福度が高い円満な型になっています。トータルな幸福度スコアは0.789であり,全対象国(36か国)の中で最高です。すごいですね。

 大国のロシアは,アンバランスな図形ができています。住居やWLバランス面はまあまあですが,健康と生活満足の項が極端に凹んでいるのです。厳しい気候条件の故でしょうか。ちなみにロシアでは,青年層の自殺率が非常に高くなっています。(昨年の10月12日の記事)。

 続いて,後半の6か国です。米英のほか,福祉国家スウェーデン,中東のトルコなどが顔を見せています。


 異彩を放っているのがトルコです。 図形の面積が小さくなっています。全指標のスコア平均は0.296で,36か国中最低です。連帯(ソーシャルネットワーク)のスコアは0.0なり。この項目は,「いざとなった時,頼れる人がいるか」という設問に対する回答で測られますが,トルコは,「いる」という者の比率が69%であり,OECD平均(91%)を大きく下回っています。

 スウェーデンは,お隣のノルウェーと同様,バランスのとれた型になっています。アメリカは,収入項目のスコアが1.00,全対象国の中でトップです。さすがは経済大国。しかし,この国では,内部格差が大きいことに注意しなければなりませんが。

 以上,36か国の幸福度カルテをご覧いただきました。メディアでは,一元化した総合尺度をもとに,各国の順位がどうということに関心が払われているようですが,そのように一元化する前のロー・データに当たってみると,各国の多様な側面(型)がみえてきます。

 どこが突出していて,どこが凹んでいるのか・・・。私が調べた限り,この種の情報を伝えている報道はないようでしたので,この場において,視覚的な統計図の形でそれを提示した次第です。みなさまの興味・関心に沿うところがあるならば,幸いに存じます。

2012年6月5日火曜日

国別の幸福度カルテ②

前回の続きです。今回は,OECDのBLI対象国のうち,アルファベット配列の12~24番目の国の幸福度カルテをご覧にいれます。

 ここでいう幸福度カルテとは,収入,住居など,11の項目をもとに,各国の幸福度を多角的に診断するものです。下記サイトの原資料のデータを加工して作成しました。そのプロセスについては,お手数ですが前回の記事を参照してください。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 ではまず,ギリシャからイタリアまでの6か国のカルテをみていただきましょう。それぞれの項目の幸福度が,0.0~1.0までのスコアで測られています。値が大きいほど,幸福度が高いことを意味します。よって,図形の面積が大きいほど,総体的な幸福度が高いことになります。

 国名の右の数値は,各項目の幸福度を測る24指標のスコアの平均値です。この数値は,あらゆる側面を合成した総合的な幸福度尺度とお考えください。この数値が0.7を超える場合,図形の色をピンクにしています。


 ギリシャとハンガリーは,図形の面積が小さくなっています。この2国は,国民の主観的な生活満足度が低いようです。ハンガリーは,健康面の凹みも目立ちます。最近低下していますが,この国は自殺率が高いことで有名です。

 北のアイスランドとアイルランドは,比較的円満な型をなしています。中東のイスラエルは,社会参画の凹みが顕著です。この項目は,国民がどれほど社会の形成に参画しているかを測るもので,投票率や協議による政策決定頻度から構成されます。中東では独裁国家が多いといいますが,そのことの表れでしょうか。

 次に,日本からニュージーランドまでのカルテです。日本の図は前回もみましたが,再掲します。図形の形を他国と比べてください。


 この中で異彩を放っているのがメキシコです。収入,教育,および安全の面での幸福度は全対象国の中の最低レベル。その一方で,国民の健康度や生活満足度はわが国や韓国に匹敵します。客観的な側面と主観的な側面の落差が激しい,特徴的な型です。前回みたブラジルもそうでした。途上国型と括られるタイプです。

 さて,日本の特徴(欠点)はといえば,やはりワーク・ライフ・バランスの項の凹みでしょう。この項目を測る元の指標は,長時間労働率と余暇時間です(前回の記事参照)。最近改善されてきているとはいえ,日本はまだまだ,国民の生活構造の歪みが顕著な社会です。このことは,客観的な生活水準に釣り合わない,人々の健康不良や生活不満につながっていると思われます。

 このことは当局も認識していることであり,各種の施策が実施されています。官民一体となった取組の進展が,強く望まれるところです。

2012年6月4日月曜日

国別の幸福度カルテ①

各国の幸福度を測る指標として,OECDの"Better Life Index"があります。5月25日から28日の記事では,最新のBLIを使って,日本を含む10か国の幸福度カルテをつくってみました。
http://www.oecdbetterlifeindex.org/

 しかるに,BLIの対象国は全部で36か国です。残りの国のカルテはどうか,という関心もあろうかと思います。今回から3回かけて,全対象国の幸福度カルテを出してみようと存じます。幸福度カルテとは,収入,住居,ワーク・ライフ・バランスなど,多様な側面から各国の幸福度を捉えることのできるレーダーチャート図です。

 いきなり図を出しても??でしょうから,製作工程をご説明します。OECDのBLIでは,11の項目を設け,それぞれの面の幸福度を測る統計指標を取り上げています。合計24指標。たとえば収入(Income)の項目は,世帯収入と世帯金融資産の2指標で測るとされています。下表は,日本の各指標の値を整理したものです。


 収入の指標は,世帯の平均年収が23,458ドル,平均金融資産が71,717ドルです。教育の指標は,生産年齢人口の高卒以上比率が92%,平均在学年数が18.2年,PISA平均点が529点なり。ほか,云々・・・。

 この原資料を加工して,11の項目ごとの幸福度が分かる統計をつくります。やり方としては,各項目の指標を合成することになります。収入なら2指標,仕事なら4指標の数値を合成するわけです。

 ですが,水準や単位を異にする指標を合成することはできません。そこで,それぞれの指標の値を,0.0~1.0までの範囲の標準スコアに換算します。OECDの資料(上記サイト)では,次のような計算式が提示されています。

(当該国の指標値-全対象国の最小値)/(全対象国の最大値-全対象国の最小値)

 たとえばPISA平均点でいうと,36か国中の最大値はフィンランドの543点,最小値はブラジルの401点です。よって,日本のスコアは,(529-401)/(543-401)=0.901となります。フィンランドは1.00,ブラジルは0.00となります。このスコアは,全対象国の中における当該国の位置を示す相対的なものといえます。

 なお,▼印のついたネガティヴ指標は,上記式で出した値を1.00から差し引く処置をします。ひっくり返すわけです。こうすることで,ネガティヴ指標についても,スコア値が高いほど好ましいという意味合いを持たせることができます。

 日本の24指標の実値をスコア化したものが,上表の右欄の数値です。このスコアは,値が高いほど(1.0に近いほど)好ましいことを意味します。収入の面の幸福度は,世帯収入と金融資産のスコアを平均した値(0.608)とします。仕事は4指標のスコア平均,住居は3指標のスコア平均,・・・以下同じです。

 さあ,これでカルテの元データができました。項目ごとのスコア平均値をレーダーチャート図にしたのが,幸福度カルテなのです。日本の場合,以下のような図形になります。5月25日の記事でも出した図ですが,再掲します。


 わが国の場合,教育や安全面の幸福度が高いことが特徴です。一方,WLバランスや生活満足の面は凹んでいます。この部分を是正し,もっと円満な型にしたいものです。

 それでは,36か国のうち,12か国のカルテをみていただきましょう。アルファベット順の国名配列の最初の12か国です。国名の隣の数値は,24指標のスコアの平均値です。各国の総合的な幸福度の尺度とお考えください。この値が0.7を超える場合は,図形の色をピンク色にしています。


 まずは前半の6か国。南米の2国と他の4国の差が際立っています。ブラジルとチリは,収入が極端に凹んでいます。ブラジルは安全面も。総合的な幸福度も0.4台と低いのですが,その割には,人々の主観的な生活満足度が高いのが注目されます。他の4国は,おおむね円満な型です。

 次に,後半の6か国を。仏独と東欧・北欧の国です。


 チェコとエストニアは,図形の面積がやや小さくなっています。社会主義の伝統が濃い国ですが,投票率や協議による政策決定のような,社会参画の面の凹みが目立ちます。革命の国フランスも然り。ドイツも。ちょっと不思議な感じがします。

 北欧の2国は,収入面を別にすれば円満型です。デンマークは生活満足度が1.00でマックス,36か国中最高です。WLバランスもバッチリ。わが国も見習いたいものですね。

 次回は,これに続く12か国のカルテを展示します。中東のイスラエル,中米のメキシコなど。ではでは。

2012年6月3日日曜日

学生の街

私は高校を出て,東京の大学に入るために上京したのですが,「東京は学生が多いぞ。なんせ,石を投げたら大学生に当たるといわれているしなあ」と,担任の先生が言っていたのを覚えています。

 2010年の『国勢調査』の産業等基本集計結果によると,東京の人口は1,316万人,そのうち大学・大学院に在学している者は45万人。比率にすると3.4%,およそ30人に1人です。「石を投げたら大学生に当たる」というのはオーバーでしょうが,他県に比したら,この比率が高いことは確かでしょう。私の郷里の鹿児島は,1.0%(100人に1人)です。

 さて,この東京において,学生が多く居住している地域(学生の街)はどこなのでしょう。上記の『国勢調査』の統計を使って,都内の市区町村別に,人口中の大学・大学院生(以下,学生)の比率を計算してみました。下図は,1%刻みで,それぞれの地域を色分けしたものです。


 黒色は,5%を超える地域です。文京区(6.2%),小金井市(6.1%),小平市(5.8%),八王子市(5.8%),日野市(5.2%),国分寺市(5.1%),国立市(5.0%),が該当します。文京区では,住民の16人に1人が学生ということになります。文京区は,東大の所在地ですよね。2位の小金井市には,私の母校の東京学芸大学があります。

 以前なら,分析はここまでなのですが,最近の『国勢調査』の公表データはとても充実していて,各市町村内部の町丁別の数字も知ることができます。学生の街である文京区内において,とりわけ学生が多く住んでいる町丁はどこなのでしょう。下記サイトの表15のデータを使って,文京区内の小地域別の学生人口率を出してみました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001036648&cycode=0


 文京区全体の学生人口率は6.2%ですが,内部を細かくみると,率が際立って高い地区がいくつかあります。6つの地区は,値が10%を超えます(赤字)。中でも飛びぬけているのは,目白台1丁目の26.4%,後楽1丁目の25.0%です。この両区では,住民の4人に1人が学生です。まさに,「石を投げれば学生に当たる」地区といえましょう。

 地図をみると,目白台1丁目の近辺には,早稲田大や日本女子大があります。後楽1丁目の周囲には,中央大,日大,東京医科歯科大などがあります。後者は,東大からも遠くはありません。*下記サイトのGoogleマップで,地区名を入力すれば拡大地図が出てきます。
https://maps.google.co.jp/maps?hl=ja

 学生向けの商売(安食堂,屋台ラーメン屋・・・)をやろうという方は,『国勢調査』の小地域集計のデータを参考にされるとよいのでは。官庁統計は,国民の共有財産です。いつでもどこでも誰でも,ネット上で閲覧することができます。存分に活用しようではありませんか。

2012年6月1日金曜日

明治期の離職教員の行き先

昔のメジャーな教育雑誌の『教育時論』第364号(明治28年5月15日)に,「教員を罷めたる者は何の職業に就くか」と題する記事が載っています。

 「社会は教師といふ職業を薄待するが故に,有力なる教員は,皆棄てて之を去るに至れり。而して其去るべき方向は如何」という問いに対し,大よそ,以下の3種の職業への転職が多いのだと述べています。

①:巡査
②:収税吏
③:裁判書記

 それはなぜでしょう。巡査の場合,警部,属官,郡長,警部長,というような進歩の道が開かれています。さらに上に進む者も少なからず。裁判書記についても,判事ないしは検事に昇格する者数多し。収税吏も,進歩の道が少ないとはいえ,これが完全に閉ざされているわけにあらず。要するに,これらの職業は前途の希望が開けている,ということです。

 ひるがえって,教員はどうかというと,教員は,一度この地位に就けば,その運命は決定され,これをどうすることもできず。小学校の教員から,中学校や師範学校の教員となり,さらにその校長にまで進む道はほとんど皆無。このように,前途の希望を閉ざしているが故に,功名の念のある者は,一日たりともこの地位に安んじていはいられない。大よそ,このようにいわれています。

 昔の教員の待遇が悪かったことは,よく知られています。インフレが進んだ大正期では,生存を脅かされる教員も珍しくなかったことは,4月14日の記事で申しました。それ故,教員の離職率もさぞ高かったことでしょう。しかるに,そういう金銭的な待遇面とは違った,希望閉塞という要因を指摘している点で,この記事は面白いと思いました。

 記事に戻ると,「教員をして前途の企望を失はざらしむる道」として,次のように主張されています。小学校教員に「高等女学校,及び尋常中学校の下級の生徒を教ふべき資格を与え,夫より漸次に進みて,広く中学校師範学校等の教員たるを得しむべき道を開き,小学校より身を起こしたる者と雖,師範学校の校長にも,学務課の属官にも,文部省の高等官にも,官立学校の校長にも,なり得る如くせざる可らず」。中等段階の学校の側にしても,教授法の改良の点において,小学校教員の力を借りることは益多しとのこと。ふむふむ,傾聴に値する説だと思います。

 現在の教員社会はどうでしょう。風通しのよいものになっているでしょうか。まあ,現場の教員が教育委員会の指導主事になったり,小学校教員が高校教員になったりするのは,結構あると聞きます。

 高校以下の教員が,高等教育機関の教員になるケースも増えています。文科省の『学校教員統計』によると,大学・短大の新規採用教員のうち,前職が高校以下の教員であった者の数は,2003年度が194人,2006年度が233人,2009年度が340人です。大学の側にしても,小中高仕込みの教授技術を持った人材を少しは欲しいところでしょう。

 しかるに,現在でも,「こんな所にいたら先が知れている」と,教壇を去る教員がいる可能性も否定できません。その多くは,志の高い有能な教員なのではないでしょうか。だとしたら,もったいないことです。

 そういえば,某県丁職員の旧友と酒を飲んだ時,彼は次のようにぼやいていました。自分の隣に主任,その隣に主査,その隣に主幹,その奥に副課長,さらにその奥に課長が座っている。何だかもう,10年後の自分が見えている・・・。

 希望閉塞状況に嫌気がさし,職を辞す教員の心境は,これに近いものなのでしょうね。「安定した道なのに・・・」と思う人が多いでしょうが,その「安定」が,たまならい苦痛の源泉になることもあるのです。私は目下,完全な展望不良状態ですが,それを楽しんでいる自分がいるのもまた事実です。強がりではありません。

 昔の新聞や雑誌をくくると,斬新な視点(私にとって)に出会うことが結構あります。今後も,暇をみつけて,昔の教員の危機や困難に関する諸資料を狩猟していこうと思います。武蔵野大学の有明キャンパスに出講する曜日に,国会図書館通いをしています。