2015年4月2日木曜日

若者の将来展望と自殺率の関連

 新年度から物騒ですが,自殺のお話です。自殺の統計的研究は,私の研究テーマの一つであり,これまで地域比較,国際比較など,いろいろな分析を手掛けてきました。

 今回の主眼は,時系列分析です。自殺率は社会の病理度を測る最高の指標といいますが,その時系列推移は,時代の相を色濃く反映したものになっています。ちなみに男性の自殺率カーブは失業率と酷似していて,60年間(1953~2013年)のデータで相関係数を出すと,+0.891にもなります。

 単なる共変関係ですが,「失業(収入減を絶たれる)→自殺」という因果関係を推測する人がほとんどでしょう。一家を養うべしという役割期待を向けられている男性にあっては,なおのことです。

 ところで,失業率と自殺率が強く関連しているのは中高年の男性であって,若年層はそうではありません。若者の場合,親に頼るなどの選択肢があるためでしょう。しからば,若者の自殺は何の要因の規定も被っていないかというと,さにあらず。若者の自殺率と推移線が似ている指標があります。それは,展望不良に苛まれている者の比率です。

 内閣府の『国民生活に関する世論調査』では,「これから先,生活はどうなっていくと思うか」と尋ねています。選択肢は,よくなっていく,同じようなもの,悪くなっていく,分からない,の4つです。私は,「悪くなっていく」と答えた20代男性の比率がどう変わってきたのかを調べ,同じ属性の自殺率の推移と重ね合わせることを思いつきました。後者は人口10万人あたりの自殺者数で,厚労省「人口動態統計」に計算済みの数値が載っています。

 下の表は,1970年代半ばからの推移をまとめたものです。上記の世論調査で将来展望について尋ねているのは1974年からのようですので,この年を始点にしています。およそ40年間の変化をみてとれます。


 観察期間中の最高値には黄色,最低値には青色のマークをしましたが,20代男性の展望不良率が最も高かったのは1974年です。オイルショックが起き,高度経済成長の終焉がいわれた頃ですが,こういう時代状況ゆえのことでしょう。

 その後,若者の展望不良率はジグザグしながらも減少し,バブル末期の91年には2.1%と最低になります。しかしそれ以降,平成不況の本格化により,展望不良率は増加に転じます。私が大学を出た99年に10%を超え,東日本大震災が起きた2011年には15.8%と2番目のピークに達しました。最近は,景気の回復もあってか,2年連続で減少しています。

 自殺率もだいたい似たような変化で,青色の最低値が91年であるのは同じです。その後,不況の深刻化に伴い,率は増加し,2009~2012年の4年間は30を超える高原状態を経験しました。リーマンショック,内定切り,シューカツ失敗自殺という言葉が流布していたのは,記憶に新しいところです。

 さて,この2指標の推移をグラフの上で重ねてみようと思いますが,実値は凹凸がやや激しいので,移動平均法で均した曲線を比べてみます。右欄の移動平均値とは,その年と前後の年の値を平均したものです。1975年の値は,74,75,76年の実値を平均値です。

 こうすることで,凹凸の激しい実値の推移線が滑らかになります。下図は,この移動平均値のカーブです。


 双方とも,90年代の初頭に谷がある「V字」型です。バブル期にかけて下がって,それ以降の不況期で上がると。展望不良(希望閉塞)が強くなると,自殺率が高まるという共変関係が観察されます。事実,相関係数も+0.8706と大変高くなっています。このような現象は,他の層にはみられない,若年男性固有のものであることも付け加えておきます。

 上図に描かれているのはあくまで共変関係ですが,「展望不良→自殺」という因果連関は分からないことではありません。若者は先行きを展望して生きる存在ですが,それが開けていないことは,大きな苦悩の源泉になり得ます。今の貧しい状態がこれからずっと続くのか,という思い込みにもかられやすくなるでしょう。

 今世紀以降,わが国の自殺率は低下してきています。中高年の自殺率が下がったためですが,上図にみるように,若年層の自殺率だけは上昇し続けています。自殺対策の重点層を,前者から後者にシフトする必要があるかと思います。

 上記のような統計的事実があることを踏まえるなら,その基本的視点は,若者が希望を持てる社会を構築することとなります。若者を使いつぶすブラック企業の撲滅なども,広くとれば,この傘下に位置するでしょう。

 昨日,多くの企業で入社式が行われたようですが,出席した若き新入社員は,さぞ希望にあふれていることと思います。しかし,そうではない若者もいます。不幸にして就職活動に失敗した者,既卒のフリーターなど。まさに希望格差です。自殺に傾きやすいのは,後者の層であることは言うまでもありません。この層が「やり直し」を図れるようにするのも重要なことです。

 少子高齢化による人材不足もあり,採用活動にあたって,新卒だけでなく,第二新卒にも目を向けようという企業が増えているそうです。新卒だろうが,第二新卒だろうが,われわれのようなロスジェネだろうが,同じ人間。何も違うところはありません。新卒至上主義のようなバカげた慣行は,まずもって撤廃していただきたいものです。

 今後の自殺対策を打ち出すに際しては,「希望」が重要なキーワードになるでしょう。自殺率の属性分析から導き出される知見です。