2015年5月12日火曜日

品目別の所有ジニ係数

 中3の社会科の授業で,「生活保護世帯にクーラーの所有は認められるか」という議論をしたのを覚えています。憲法25条の生存権に関連してです。時は1991年。

 今なら,熱中症が問題化していることでもありますし,「最低限度の生活」を営むための必需品としてクーラーの所有は認められるでしょうが,自動車とかはどうなんですかね。車がないと生活が困難な田舎はいざ知らず,都市部ではNGと聞いています。

 パソコンなんかはどうでしょう。これも90年代では立派な奢侈品だったのでしょうが,現在では被保護者が職探しや就労をする上で,なくてはならないものだと思います。私などは,これを取り上げられたら直ちに生活が成り立たなくなります。

 このように,無数に存在する財の中で,どれが奢侈品でどれが必需品についてはコンセンサスが成り立っていないのですが,統計でその目安をつけることができないというのではありません。その方法は,貧しい人と裕福な人の所有状況を比較することです。全ての階層にくまなく行き渡っている品目は,それがないと基本的な生活が営めない必需品であり,一部の層だけが持っている財は,取り立てて必要のない奢侈品であるとみなすことができます。

 今回はこうした見方のもと,品目別の所有ジニ係数を計算してみようと思います。全国の世帯を年収階層別に分かち,それぞれの層の量と,各々が所有している品目の分布を照合し,両者がどれほどズレているかに注目します。

 資料は,2009年の総務省「全国消費実態調査」です。この資料には,1000世帯(2人以上の世帯)あたりの所有品目の量が,年収階層別に集計されています。下記サイトの表1です。私はこれを使って,各品目の所有の偏りを可視化することとしました。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001027311&cycode=0

 楽器の王様のピアノを例にして,ジニ係数の計算方法を説明します。


 小学生の頃,音楽の授業で「ピアノが家にある人」と先生が尋ねたとき,手を上げたのは女子4~5人であったと記憶していますが,1000世帯あたりの所有数は,階層によってかなり違いますね。量的に多い年収300万円台後半では1000世帯あたり184ですが,年収2000万超の富裕層では551にもなります。その差は3倍です。

 中央の相対度数をみると,世帯数では21.1%でしかない年収1000万超の世帯が,所有のピアノ数では全体の35.3%をもせしめています(黄色マーク)。逆に,低収入層のピアノの所有比重は,期待値よりも低くなっています。

 上表の世帯数と所有数の分布のズレを可視化してみましょう。それには,累積相対度数をグラフ化するのですよね。横軸に世帯数,縦軸に所有数の累積相対度数をとった座標上に19の年収階層をプロットし,線でつなぎます。下図のように弓なりの曲線になりますが,これをローレンツ曲線といいます。


 世帯数と所有数の分布がどれほどズレているかは,この曲線の底の深さで知られます。曲線の底が深いほどズレが大きい,すなわちピアノの所有の階層的偏りが著しいことを意味します。ジニ係数はそれを数値にするものであり,上図の色つきの面積を2倍して求められます。とる値は,0.0~1.0の間です。

 算出されたピアノ所有のジニ係数は,0.2439です。すぐ後で56品目のランキング表を掲げますが,これは高い部類に入ります。大型の外車(輸入自動車)などは係数がもっと高く,0.5を超えます。

 では,そのランキング表をお見せしましょう。私は同じやり方で,56品目の所有ジニ係数を計算し,値が高い順に並べてみました。数値のキリのいいところで,区切り線も入れてます。


 外車はジニ係数が高いですね。一部の層しか持っていない奢侈品です。先ほど注目したピアノも,全体の中では高い部類です。

 パソコンも,全体の中での相対水準では高いほうなんだな。これは高齢世帯の所有率が低いためであり,若年世帯だけでみたら係数はうんと低くなると思われます。このデータを突き付けて,「生活保護世帯はパソコンはダメです」とか言われたら,ちょっと困る・・・。

 エアコンも高いほうなのですねえ。薄型テレビや電気マッサージチェアよりも係数が高くなっています。私は,後者の2つは持っていませんけど。

 下のほうには,所有の階層差が小さい品目が並んでいます。ジニ係数0.1未満のものは,所有の階層的偏りがほとんどない,生活必需品の部類とみてよいでしょう。小型バイクや軽自動車なんかもそうです。*富裕層が好んで持とうとしないという,嗜好の問題も考えないといけませんが,ここでは不問とします。

 以上,官庁統計のデータを使って,各品目の「奢侈-必需」の目安をつけてみました。こういう面での数値化はあまり好まれることではないでしょうが,それが全く不要ということにはなりますまい。生々しい生活の中にも「科学」の眼を入れることは必要であると考えます。

 ちなみに財の中にはいろいろあって,子どもを大学に行かせるような教育財も,ジニ係数はさぞ高くなるだろうと推察されます。これをもって,「大学教育などぜいたく品だ」などというのは,明らかな誤りです。教育は権利として保障された公共財で,希望するならば,家庭の経済状況に関係なく,全ての者が享受すべき性質のものです。ベンツやフェラーリといった外車とはワケが違います。

 こういう部分も考慮しながら,上記の表を眺めていただければと思います。