2015年7月30日木曜日

収入の官民差の国際比較

 教員採用試験が実施されている最中ですが,公務員を志望する学生さんが年々増えているように感じます。「安定している」「食いっぱぐれがない」「親に強く薦められる」といった理由からです。

 高度経済成長期の頃は,民間に比した公務員の劣勢は際立っており,教員に至っては,「教師にでもなるか」「教師にしかなれない」という意味合いの「デモシカ教師」という言葉が流行ったのは,よく知られています。しかし,今は違うのでしょうね。時代は変わったものです。

 ところで,これは時間軸の変化ですが,空間軸の変異はどうでしょう。社会によって,収入の官民差がどう異なるか,という問題です。日本では「官>民」であり,おそらく多くの社会でそうでしょうが,その程度はまちまちであると思われます。もしかすると,「官<民」の社会もあるかもしれません。

 2010~14年に実施された「世界価値観調査」では,対象の国民に対し,自分が属する世帯の収入水準が,当該社会の中でどの辺りの位置にあるかを10段階で自己評定してもらっています。私は,フルタイムの公務員と民間企業勤務者のサンプルを取り出し,この設問への回答がどう異なるかを比べてみました。ここで報告するのは,本調査のローデータを独自に分析した結果です。
http://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp

 対象者個人ではなく,各人が属する世帯の収入評定ですが,フルタイム就業者ですので,多くは家計支持者であるとみられます。ここで回答している個人の収入の相似値とみなしても,大きな誤りではないでしょう。

 日本の場合,この設問に有効回答を寄せたのは,公務員が98人,民間勤務者が678人となっています。民間がマジョリティーです。10段階の世帯収入評定の平均点は,前者が5.82点,後者が4.39点です。予想通り,公務員のほうが収入は高いようです。平均値の差は1.42点。

 これは日本のデータですが,他国はどうなのでしょう。57か国の一覧表をつくってみました。右端の公務員比率は,有効回答をしたサンプル(公務員+民間)中の公務員比率です。日本の場合,98/(98+678)=12.6%となります。それぞれの社会において,公務員がどれほどいるかの情報です。


 どうでしょう。注目ポイントは,公務員と民間の差分ですが,日本はプラス方向の絶対値が最も大きくなっています。あくまで世帯収入の自己評定ですが,収入の「官>民」差が最も大きな社会であることがうかがわれます。2位のモロッコ(+0.93)を大きく引き離し,ダントツでトップです。

 この値がマイナス,つまり「官<民」の社会も結構あり,北欧のスウェーデンもこのタイプです。それが最も際立っているのはインドで,民間が公務員を1.44ポイントも上回っています。

 インドでは,採用試験でカンニングが横行するほど公務員が優遇されていると聞きますが,それは一部の上級公務員に限った話なのでしょうか。収入が激安だから,警官も賄賂を取らないとやってられないのか・・・。南国の楽園,タイも。

 それはさておき,各国の公務員の優位度は,公務員のボリュームとも関連しているかもしれません。収入の官民差がマックスの日本は,フルタイム就業者中の公務員比率は12.6%と,57か国の中で最も低くなっています。こういう希少性(プレミア)の故ともいえるでしょう。

 横軸に公務員比率,縦軸に官から民を引いた差分ポイントをとった座標上に,57の社会をプロットすると,下図のようになります。


 公務員が少ない(希少な)社会ほど,収入の「官>民」の度合いが大きい傾向です。両者の相関係数は-0.4335であり,1%水準で有意です。各国の公務員の地位文脈と相対収入(relative income)が相関しているのは,興味深い現象ですね。

 最近,公務員を減らそうという議論もあるようですが,上図をみて分かるように,わが国は公務員が最も少ない社会です。生活保護の現場では,ケースワーカーの数が足りず,悲鳴が上がっていると聞きます。もうちょっと右下に降りてもいいのではないか,と思います。民ではなく,公でしか担えない仕事もあるわけですから。

 7月も明日で終わりです。酷暑の日が続きますね。みなさま,ご自愛くださいますよう。