2015年9月2日水曜日

就学前教育と学力・体力の相関

 幼稚園の無償化,保育所の義務化など,就学前教育(保育)の拡張の必要がいわれています。その根拠としていわれるのが,乳幼児期の過ごし方が人間形成に大きく影響する,ということです。

 乳幼児期の発達課題は,群れ遊などにより,社会生活の原初形態を経験し,社会的存在としての自我を刻み込むことですが,昔は家庭や地域社会において,このタスクを遂行することができました。しかし核家族化が進み,地域社会も崩壊した今日では,そうもいかなくなっています。最近問題になっている「小1プロブレム」などは,こういう状況の所産であるともいえるでしょう。

 そこで保育所を義務化すべきであると。古市さんの『保育園義務教育化』(小学館)には,こういうことが書いてあったかと思いますが,乳幼児期の幼稚園ないしは保育所の在所経験が,その後の能力形成とどう関連しているかも興味深いところです。

 志水教授の『福井県の学力・体力がトップクラスの秘密』(中公新書ラクレ)では,福井の子どもの体力が高い要因として,充実した就学前保育という点が指摘されています。ある視察レポートによると,県内の某保育所では子どもが盛んに体を動かしており,小1児童の体育と遜色ない運動量なのだそうです。

 運動量だけでなく,聞く,話す,読む,数えるなど認知能力の形成に関わる経験も,幼稚園あるいは保育所に在所している乳幼児のほうが多いでしょう。そうである以上,就学以後の学力との関連も示唆されます。

 私はこの問題をマクロ的に吟味するため,都道府県別の就学前の幼稚園・保育所在所率と,小学生の学力・体力の相関関係を出してみました。

 就学前の幼稚園・保育所在所率とは,0~5歳人口に占める在所者の割合です。2013年の幼稚園児数と保育所在所児数を,同年10月時点の0~5歳人口(推計)で除して算出しました。下表は,県別数値の一覧表です。


 小学校に上がる前の乳幼児のうち,幼稚園ないしは保育所に通っている子の割合は,県によってかなり違っています。最低の50.7%から最高の75.50%までのレインヂです。沖縄では半分ちょいですが,島根や秋田では4人に3人となっています。

 赤字は上位5位ですが,北陸の2県がランクインしています。文科省の全国調査において,子どもの学力ならびに体力が毎年上位にある県ですよね。

 はて,上表の幼稚園・保育所在所率は,各県の小学生の学力・体力とどういう相関関係にあるか。まずは学力から。2013年度の文科省『全国学力・学習状況調査』の結果とリンクさせてみましょう。下図は,公立小学校6年生の国語Aの正答率との相関図です。


乳幼児期に幼稚園ないしは保育所に通っている子が多い県ほど,小学生の学力が高い傾向にあります。相関係数は+0.589であり,1%水準で有意です。

 他の科目の正答率との相関係数は,国語Bが+0.480,算数Aが+0.567,算数Bが+0.485です。乳幼児期の在所率は,いずれの科目の正答率とも有意な相関関係にあります。

 体力との相関は如何。2013年度の文科省『全国体力・運動能力,運動習慣等調査』から,公立小学校5年生男女のA・B評価率を県別に出し,同じく乳幼児期の幼稚園・保育所在所率との相関をとってみました。算出された相関係数は,男子のA・B評価率とは+0.447,女子のそれとは+0.517です。男子よりも女子の体力と相関していますが,女子の場合,非在所児は自発的に外遊び(運動)する機会が乏しいためでしょうか。

 都道府県単位の統計では,就学前の幼稚園・保育所在所率と小学生の学力・体力の間にプラスの相関関係が見受けられます。これが因果関係を意味するとは限りませんが,近年の教育経済学の研究成果や,先ほどの志水教授の著作でいわれていることを勘案すると,その可能性を全面否定することはできないように思います。

 しかるに,「乳幼児期の過ごし方次第で人生の全てが決まる」という極論を振りかざし,この時期の子どもの生活均衡を破壊することがあってはなりません。私は,子どもの健全な成長・発達の条件として,家庭・学校・地域というそれぞれの場がの生活が「均衡・充実」していることが重要と考えています。

 乳幼児の経験や運動を豊富にする術は,四角いハコに入れることだけではないでしょう。ただ,乳幼児期の過ごし方は,その後の社会化過程に影響する可能性がある。秋田や福井のヒミツは,そこにあるのではないか。マクロデータから,この点をうかがうことはできるでしょう。

 文科省の『全国学力・学習状況調査』の児童・生徒質問紙において,就学前の生活経験の設問を組み込み,学力との相関を個票データで検討したらどうでしょうか。マクロの知見がミクロで傍証されたとき,説得力は大きく増すことになります。